どこまでも
「___っ」

 頭から血の気が失せていく。

 視線から逃れるように事務所を後にし、人気のない場所へ移動する。とてもじゃないけど冷静を装えない。

「もしもし?優希?」
「___禄朗」

 冷えていく体を保持できず壁に寄りかかった。まさかという思いと、ついにという思いが交差する。

「よかった、繋がった。元気だった?」

 何年も前、付き合っていたころと変わらない無邪気な禄朗の声が耳たぶをくすぐる。信じられなくて今すぐ通話が途切れてしまいそうで、受話器を強く耳に押し当てた。

「……っ」
「優希、聞こえてる?」

 ざわめきの間を縫って禄朗の声が届く。

「聞こえてる」
「なあ、今日……会えないかな」

 低く探るような声色に逆らえるはずもない。優希はぐっと目を閉じると聞こえないような息を吐き、頭を落とした。

「……うん、いいよ」

 どれだけ時がたっても変わらない。考えるまでもなく返事を返していた。拒むという選択はない。

「じゃあ、待ってるから」

 告げられた待ち合わせ場所の懐かしい店の名前に、ああ……本当に彼と話しているんだと実感がわいた。いつも途中で終わってしまう夢じゃない。

「わかった。後で」
「優希、絶対来いよな」

 動揺を見透かされたように畳みかけられて、優希は小さく笑った。

「うん」

 切れた通話に終了のボタンを押せない。ツーと無機質な音がいつまでも鳴り響いている。
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