どこまでも
 くしゃくしゃになって捨てられていたビラをゴミ箱から拾い上げて、じっと見つめる。ニ週間ほどの展示会をあの画廊でやるらしい。

『新鋭写真家。アメリカより帰国して初の個展。__あなたにとっての道しるべは何ですか?』

 優希の見たことのない写真の数々がそこには煌めいていた。風景を撮るのが好きだと言っていたあのころとは撮る写真の雰囲気がかなり違っている。

 昔はもっと柔らかく優しかったのに、今回の個展の写真はどこか廃頽(はいたい)的で攻撃的でさえあった。

 一番大きく掲げられている写真は、別れる数日前に撮った優希の裸だ。

 __おれの道しるべは優希のオリオンだ。

 シャッターを押しながら、甘く囁く禄朗の声を覚えている。

 まさか写真展に出されるとは思っていなかった。

 二人だけの秘密のように優希の肌を撮っていた彼。このほくろを知っているのは彼しかいないのだから、だれも優希の裸だと気がつく者はいないだろう。とはいえ、不特定多数の目にさらされるのは、ほんの少し抵抗があった。

 いくらアートめいていたとしても、これは個人的に禄朗と交わした時間なのだ。

 でも、と思い直す。

 離れていても、別れてからも優希は彼にとっての道しるべになれていたということか?ずっと大事に思ってもらえていた?

 それは都合のいい幻想にすぎるだろうか。


 もう一度ビラに記されているオリオンを眺めた。

 妻である明日美でさえ汚らわしいものを見るように顔を歪めていたこの体を、「綺麗だ」と愛しんでくれた、たった一人の男。

 支える腕の力も、ふわりと香ったたくましい禄朗のにおいも全部記憶の中のものと同じだった。

 今でも好きだ、と思ってしまう。

 会いに行ってしまったらどうなるのだろうか。今でも彼を愛していてくれるのか。何もかも忘れて、その胸に飛び込んでしまいそうで自分が怖くなる。優希は熱いため息を、ひとつついた。
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