どこまでも

 仕事帰り。花が購入したワンピースの受け取りにデパートへ寄ると、禄朗の個展会場がすぐ近くでやることに気づいた。足を向けてしまえば自分を止められなくなるかもしれないのはわかっていたので、極力思い出さないようにしていた。

 だけどあの艶めかしいオリオンが個展のテーマらしいと、ネットニュースに書かれているのを目にしている。あれは優希がモデルだ。それを見に行って何が悪いと、言い訳じみた言葉を紡いでみる。

 うそだ。

 どんな言い訳を並べて自分を納得させようとしても、本音はただ単に一目でもいいから禄朗に会いたかった。



 夜の手前の街は賑やかにざわめいて、人並みに背中を押され画廊へと足を向けた。

 覚悟を決めてここまで来たのに、「CLOSE」の看板が出されている。どうやら閉館時間を過ぎてしまったようだ。

 中を覗いてみるとほんのり明かりがついている。禄朗がまだいるのかもしれない。どうすると一瞬だけ迷って、でも会いたい気持ちは抑えられなかった。

 ドアを押すと鍵はまだかかっておらず、キイと小さな音を立てて開いた。

「こんにちは」

 声をかけるが人の気配はない。


 誰もいないというのに、鍵をかけないなんて不用心すぎる。そう思いながら一歩足を進めると、真正面に飾られた大きな写真が目に入った。

 これこそが優希のオリオン。

 禄朗がつけたキスマークが赤く艶めかしく見る人の欲望を誘い込んでいるようだった。あの時の優希は間違いなく彼のもので、どうやって夢中にさせようかと毎日考えているような淫売婦だった。



 「誰か」と声をかけようとしたところ、ガタリと奥のほうから物音が聞こえる。ほんの少し逡巡(しゅんじゅん)に足を進めた。スタッフルームにいるのかもしれない。

 写真のパネルの後ろはカーテンで覆われ、その奥にドアで仕切られた部屋があるらしい。細くあいたドアの向こうから明かりが漏れている。何かの話し声はそこから聞こえているようだった。

「誰かいますか?」

 この先に禄朗がいるかもしれない。そう心を弾ませながらドアに手を伸ばした時、聞こえてきたのは甘い吐息だった。
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