どこまでも
 よろめき後ずさるとともに、シャワーのような英語が降り注いだ。見るとさっきまで禄朗に抱かれていた男がまだ若く愛らしい顔を怒りに赤く染め、優希に怒鳴り散らしている。

 早口でまくしたてられ理解できないが、かなり怒っているのはわかった。スラングらしき言葉が飛び交っている。

 禄朗は彼を抱きしめキスを贈ると、なだめるように甘い声で何かを囁いた。二人の間にかもされた親密さに、ピリっと心臓が縮む。

 彼の怒りにうなずきながら、細い体をたどって優しく撫でる。優希をいとおしんだ時のように。大事に、大切に、その体に触れる。フワフワと揺れる金色に輝く髪にキスを注ぎながら。

「なんて……」
「人の男に手を出すな、って」

 ふうふうと毛を逆立てた獣のように、優希を睨みつけ怒鳴る彼。頭を下げることしかできない。

「ごめん、そんなつもりじゃない」
「だよな。かわいー奥さんと子供までいるお前とおれとは、もう関係ないもんな」

 それと優希の持っている袋を指さす。プリンセスの王冠がプリントされたショップの袋は、いかにも女の子が好きそうだ。中には娘の花のためのワンピースが入っている。

「優希が選んだのは、そういうことなんだよな」

 禄朗は瞳を伏せて、ぼそりと呟いた。

「あの日おれは空港で待ってた。でもお前は来なかった。もしかしたら何かあったんじゃないかって……遅れてでも来てくれるんじゃないか、今にも走ってごめんってやってくるんじゃないかって……ずっと待ってた。でも来なかった。連絡もなかった。それが答えなんだろ?」

 そうだ。それが優希の出した答えだ。泣きながらチケットを破り捨てた病院の廊下で、彼は選んだのだ。

「うん、そうだよ」

 今にも「違う!」と叫んでしがみついてしまいそうなのを必死にこらえた。あの時引き裂かれた胸の痛みをいまでも覚えている。それはまだここにあって、癒えないまま抱えている。けれど禄朗を裏切ったのも事実だ。

「もう会うこともない……そういうことなんだよな」

 吐き捨てるセリフに、優希は言葉を詰まらせた。わかっていたことなのに、なんで胸が痛いんだろう。禄朗を捨てると決めたのは優希自身なのに。
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