どこまでも
 普段より多めの食事をとり、回復が進んでくると一人でも歩けるようになった。まだ後孔は鈍い痛みを発するけど、ほんの少し前まで動けなかったことを考えると、人の体は案外たくましいものだと感心する。

 暇つぶしに売店で雑誌を買ってパラパラとめくっていたら、小さな記事が目を止めた。それは日本人写真家の個展の成功を記したものだった。写真を撮るくせに自分が撮られるのはあまり好きではない禄朗が、ぶぜんとした表情でそこにうつっている。傍らにはAllyの姿もある。

 この様子だと、禄朗にあの事件はばれていないということだろう。ほっとした。

 これでいい、と優希は思った。
 
 禄朗の成功を何より祈っている。その為にAllyの力が必要ならば、いつだって優希は身を引く。せめて、影ながら応援していたい。望むのはそれだけだ。



 一方で、優希がしっかりと覚醒してから数日たつというのに、明日美は姿を見せなかった。
 
 花にこんな姿を見せたくないからだろうか。どう説明したらいいのかわからないし、誰一人のお見舞いもない方がかえって気楽だったが、明日美にしては珍しいことだと思う。すぐにでもかけつけてきそうなものなのに。

 そんなことを考えていたからだろうか。ほどなくして見舞客が訪れた。それは明日美の両親だ。

「斎藤さん」

 近くに住んでいるとはいえ、あまり会う機会のなかった明日美の両親。彼らが険しい顔つきで、ベッドに横になっている優希の名前を呼んだ。

「お義父さんにお義母さん。すみません……お見苦しいところを」

 だらしないところを見られたくないと起き上がっても、彼らは病室のドアのそばに身体を固くしたまま立ち尽くしている。イスを勧めても頑なに近寄ろうとはしなかった。

「明日美と花は」
「今は私共の家に住んでいます」

 口を開いたのは明日美の母だった。険しい表情は崩れない。

「体調がだいぶ良くなったと聞きましたが、明日美も花もこちらによこすつもりはありません」
「え……」

 それは花に刺激を与えたくないということだろうか。困ったように笑う優希に、視線を合わせず言葉を続ける。

「もう会わせるつもりもありません。明日美にはあなたと離婚するように、と話しています」
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