どこまでも

 明日美の両親とのあの日から、間もなくして優希の退院は決まった。明日美と花には一度も会えないままだ。

 あんなに一緒に暮らしていたのに終わりはあっけなく、最後に言葉を交わしたのが何だったのか思い出せない。当たり前のように存在する日常は決して永遠でなく、思いもかけない形で終わりを迎えることを嫌というほどわかっていた。それなのに、また繰り返してしまった。



 帰宅し玄関を開けると、いつもは笑い声が聞こえ賑やかだったことが嘘のようにシンと静まり、物音一つしなかった。この場所がかつてひとつの家庭だったことなど感じさせないくらい、ひっそりと薄暗い。

「ただいま」

 優希の声だけが家の中にぽつりと広がっていく。そこにはもう明日美と花の気配は残っていなかった。

 どの部屋からも明日美と花の荷物は一つ残らずなくなっていた。ほんのわずかな優希の私物と家具だけが取り残され、ひそやかに涙を流しているだけだった。



 三人で食卓を囲んだテーブルの上には、一通の手紙が残されている。見慣た小さくて丸っこい字で書かれたそれは、明日美からだった。

「明日美……」

 自分の場所だったところに座って開くと、そこには謝罪と明日美の率直な気持ちが書かれていた。

 「ゆうちゃん」から始まる呼びかけは、明日美の声が聞こえてくるようだ。

 あの日、病院に運ばれたと連絡が来たときは心臓が止まりそうなほどびっくりしたこと。運ばれてくる優希を見てものすごく怖かったこと。朦朧としている状態なのに「暴行を受けたわけじゃない」と必死に相手をかばう優希の姿に、昔好きな人がいるといった優希の姿が重なったこと。

 そして__心の奥ではまだその人を想っている、と気がついてしまったこと。

 「ゆうちゃんはわたしたちを愛してくれたけど、それ以上に好きな人がいるんだよね」と綴られた明日美の文字が涙で薄れていた。
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