どこまでも
 あの時は牙をむいた獣のようだったのに、今の彼はとても紳士的な雰囲気をまとっている。優希に向けられていた敵意も、全くというほど感じられなかった。

 そんな心の内を読んだAllyは、小さく息を吐いた。

「あの時は本当にごめん。謝っても許されることじゃないってわかってるけど……」
「うん」
「怪我とかした、よね……やっぱり」
「しばらく入院してた」
「そっか。本当に申し訳ないことをした……ごめん」

 気持ち悪いくらいしおらしく、それはそれで何かたくらみがあるのかと訝しい。どうしたらいいかと頭を悩ましたが、考えてみれば今の優希に失うものも怖いものもない。

 そうか、何があっても全然平気なんだと思ったら一気に気が楽になった。



 優希の会社から歩いてすぐのところに、自然豊かな公園がある。そこへ向かうことにした。

 薄暮の中。母親に手を引かれた子供たちが賑やかな声を振りまきながら、帰宅の途についていく。花もよく公園で遊んでいたなとほほえましく眺めてしまう。帰り道に手をつなぎながら、つたなくも楽しかった話を聞くのはとても楽しかった。

 秋は日が落ちるのが早い。

 ベンチを見つけて腰を掛けたころには賑やかだった公園が静けさを取り戻し、時々ランニングや犬の散歩をしている人たちが足早に通り過ぎていく。

「何か飲む?」

 Allyはベンチの近くに自動販売機を見つけると、コインを入れながら優希に声をかけた。

「優希はどれがいい?」
「いや、いいよ」
「さすがのぼくも自販機には仕込めないから、心配しないでよ」

 前回の失敗を覚えている優希の不信を受け止めて、Allyは眉を落とした。

「ていっても信用ないよね。じゃあ、自分で押して」
「……ありがとう」

 ガコンと大きな音がして、あたたかなコーヒーが転がり落ちてきた。両手に包み込むと、ぬくもりにほっと安堵の息をつく。

 お互いに飲み物で暖を取りながらベンチに腰を掛けると、犬の散歩をしているひとが通り過ぎて行った。



 「禄朗のことなんだけど」と静寂を破るようにAllyは話し始めた。

「行方不明になった」
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