どこまでも

 自宅への道のりに、深い秋の空っ風がふいていた。けれど、気持ちが高ぶっているのか寒ささえ感じなかった。足取りが軽い。もしかしたら飛べるかもしれないというくらいに。


 部屋に帰ると、真っ先に壁に貼ってある写真へ向かった。何か手掛かりがないかとじっくりと見てまわる。ファインダー越しに、禄朗は何を感じてシャッターを押したんだろう。何を伝えたくて写真を撮っていたんだろう。

 優希以外の人物は撮ってもつまらないと言って風景写真の多かった禄朗の作品は、確かに近年雰囲気が変わってきていたと思う。

 被写体への愛が感じられる優しさが鳴りを潜め、どこか投げやりで孤独が強くて、エキセントリックな方向さえ感じさせる写真。

 「新鋭写真家」としてもてはやされていたけど、禄朗の真骨頂はそこではない。優希にはわかる。

 禄朗は一人でずっと悩んでいたのか。

「どこにいったんだ、禄朗」

 何か残されたサインはないのか。彼のもとへ導いてくれるような。彼が送る、優希にしかわからない、何か__



 ふいに「優希」と呼ぶ禄朗の声が耳に届く。

 __優希にも見せてあげたいな。



 あれはいつ交わした言葉だったのか。思い出せ、と優希は写真に指を這わせながら記憶の中をたどっていく。

 __声が出せないくらいの空。視界を遮るものが何もなくてさ。だだっ広い地球のど真ん中に、一人置いて行かれたみたいで怖くなる。だけど目が離せないんだ。そんな星空、見たことないだろ?

 そうだ、優希の腰のオリオンを映しながら、禄朗はその場所のことを教えてくれた。

 __その時も、日本で見るより大きなオリオンが光り輝いてた。まだ大丈夫、間違えてない。この先にも行けるんだって背中を押してくれた。優希が、そばにいるから大丈夫なんだって。


 優希を明るい世界に連れて行ってくれる強引さがあるくせに、どこか不安定なさみしさを抱えた禄朗。

 優希が必要としていたように、彼もずっとそうだったに違いない。

 なんで気がつかなかったんだろう。

 自分ばかりが捨てられて不幸になったつもりでいたけどそうじゃなかった。禄朗も同じだ。優希を拠り所にし、一歩ずつ怖がりながらも歩き続けていたのかもしれない。

 そんな彼の姿を想像すると、苦しい愛おしさに胸がしめつけられた。
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