どこまでも
 気まぐれに旅へ出る事には慣れていた。

 本業の勉強より写真に夢中になり、撮りたい景色があればどこにだってフラっと行ってフラッと帰ってくるなんて、日常茶飯事。その都度騒いでいたら身が持たない。最初こそ不安を抱えたけど、いつだって優希のもとに帰ってきたのだ。

 そのたび美しい景色を見せてキラキラとした瞳で旅の話をする禄朗が大好きだった。

 それがある時いなくなったままいつまで経っても帰ってこなくなった。一カ月がたち、半年が過ぎいよいよおかしいと思っていた時、風のうわさで大学も辞めアメリカに渡ったらしいと聞いた。

 側にいたはずの優希は何も聞かされておらず、まさか他人から彼の足取りを教えられるとは思っていなかった。

 電話も通じなく、音沙汰一つないままようやく「捨てられたんだ」と気がついたときの衝撃を今も覚えている。





 見回すと禄朗の身の回りのものは何一つなかった。身軽にどこにでもいけるよう持ち物なんてほとんどない男だった。彼は優希さえいつでも置いていける程度にしか、思っていなかったのだ。

 全てを理解した時、まっさきに携帯は解約し、引っ越しもした。

 もうかかってこない電話、くるはずもない男を持っていることほどつらい事なんかない。いつか、もしかしたら、なんて期待をしてしまうから。彼のことをずっと待ち続けてしまうから。

 そんな自分が怖かったから必死の思いで捨てたのに、これだ。

「それにしてもさー、電話繋がんなくてビックリした。寂しかったぞおい」

 大したことではないような響きで、禄朗は優希の頭をコツンと小突いた。

 痛い、と文句を返して頭に触れる。







 あんなに苦しんでいた自分はバカみたいだ。

 優希は琥珀色のお酒を口に含むと、ふ、と笑った。優希の連絡先が変わったことに今の今まで気がついていなかった。

 7年間一度も接触を取ろうとしてこなかったことがわかってしまう。

 あのまま来ない連絡を待ち続けなくて本当に良かった。バカらしくて涙が出そうだ。



「それならよかった」

 にこり、と笑って見せる。
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