どこまでも
 ちょうどおなかもすいていたので食事をしながらしばらく待機してみたが、禄朗は現れなかった。ほかにめぼしいお店はないし、ここにくる可能性が高いと見込んでいた。が、甘かったらしい。

 あたりは夕暮れに染まる頃。だだっ広い空地へ車を停めた。

 知る人ぞ知る秘密スポットらしく、整備されていない自然あふれる場所だった。うっそうと茂る木々の間から、熊が出できてもおかしくない雰囲気だ。

「行くの?本当に大丈夫?」

 眉をしかめるAllyに頷いて、懐中電灯を手に獣道へ足を入れた。

「うん、行ってみる」
「やっぱ危ないし一緒に行くよ」

 運転席から出てこようとするAllyを引き留めて「大丈夫」と答える。

「困ったら電話するから車で待機してて。はぐれても困るしさ。無理しないから」
「そうか?気をつけろよ」

 今までの管理の行き届いた場所と違った風景に、さすがのAllyも難色を示す。

「やばいと思ったらすぐ戻るし、いなかったら速攻諦めるから」
「わかった」

 といいながらも結構怖い。電灯もない暗い道を淡い手元の明かりだけで進むなんて、足がすくみあがりそうだった。

 ガサガサと何か生き物が存在している音やパキリと枝が折れる音、自然の息遣いがそこかしこにあり優希を怯えさせた。だけどこの先に禄朗がいるかもしれないと、その一心だけで足を進める。

 不意に視界が開け、細い獣道は広大な広場へ姿を変えた。

「あ」

 地球が丸いとわかるほど何もなく広い空間に、細かいチリのような光が点滅する夜空の真ん中。凛とした背中がぽつりと在った。

 近寄らなくてもわかる。大好きな大きな背中。

「禄朗」

 自分を呼ぶ声に気がついたのか、きょろきょろと見渡す後ろ姿。

「禄朗」

 もう少しだけ大きく叫ぶ。禄朗。禄朗。禄朗!


 駆け寄っていく優希を視界にとらえたのか、慌てたように立ち上がりこちらを向いている。暗くて顔まで見えないけど、シルエットだけで驚いているのが分かる。

「禄朗!」

 ああ、月の光を浴びてこちらに手を伸ばす、愛おしい男がそこにいる。触れる事の出来る場所にいる。

「優希」

 つかまれてそのまま広い胸の中に閉じ込められた。どくんどくんと脈打つ命の音が聞こえる。ずっと聞きたかった禄朗の心臓の音が、耳に注がれている。

「逢いたかった」
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