茨ちゃんは勘違い
「ごめんなさい……私、私……」
「大丈夫、桜ちゃんがきっと頑張ってくれるわ。あの子の実力は私たちが良く知っているでしょう?」
 頷く選手と共に、畑山がプールの中へと視線を戻す。
 桜は明らかに他の選手と違っていた。
 真っ直ぐに伸びた腕、浮き上がって水面から水中へと潜る動作。
 全てが美しく構成されていて、それは推進力へと変えられる。
 二馬身差はあったであろう前の選手を抜き去ると、あっという間にトップ争いへと潜り込んだ。
 折り返して、二位。
 一位との差は顔一つだろうか。
 宛ら「バタフライ」のような桜だったが、スタートダッシュで頑張り過ぎたのか、あと一歩が届かない。
「桜ちゃん!」
 準備万端の畑山は、声を上げると、桜の到着と同時に華麗に飛び込んだ。
「よぅし、いけぃ!!」
 腕を組んだまま、黒酉が畑山に大声を浴びせる。
 百合絵は、飲み干してしまったのか、ドリンクを耳元で振り、中身が無いのか確認していた。
 畑山は必至に泳いで何とか前に出ようとするが、相手アンカーの選手も相当な実力者で、中々譲らない。
 畑山の泳ぎは、桜のような見るものを魅了する美しいフォームの泳ぎではなかったが、力強く、猛々しい。
 前へ前と進もうとする意志は折り返しで相手と並び、残り25Mとなった。
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