蛍月夜恋夢譚
 その日の午後、優弦は校書殿(きょうしょでん)で冊子を広げていた。
 ふいに手元が明るくなり顔を上げると、高灯台に明かりを灯した内舎人がにっこりと微笑む。

「遅くまでお疲れさまです」

 時を忘れて集中していたらしい。もうそんな時間かと、凝り固まった首を回して冊子を棚に戻した。

 外に出ると、楽しそうな笑い声が耳に届く。宿直番が談笑しているようだ。
 彼は寄っていくことにした。


「楽しそうですね」と優絃が声をかければ、振り返った中には冬野中納言の顔もあった。

 小雀は天敵のように嫌っているが、すらりとしたいい男ぶりなので女性には人気がある。昨日の花の宴での舞も鮮やかで女性たちを虜にしていた。

 月に愛された月冴の君、太陽に愛された頭中将、妖魔に愛された冬野中納言と言われる。
 妖魔に愛されたとは随分不穏な言葉だが、一時彼は元恋人の生霊に悩まされたことがあった。その時のやつれた様子が女心をくすぐったとか。

『どうせその恋人を騙して財産盗んだに違いないわ! 妖魔はお前だっていうの』
 いつだったか小雀がかんかんに怒っていたのを思い出し、優絃は扇の裏に笑いを隠す。


「おや優弦どの。どうぞどうぞ。笹掌侍の髢事件の話をしていたんですよ」

 公達の間でもすっかり評判になっているようだ。

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