蛍月夜恋夢譚
「目の奥が笑っていないのよね、あの人。妖魔に愛された君って言われているけれど、その通りだと思うわけ。信用ならないっていうか……」

 彼の裏の顔を知っている小雀はもちろん大嫌いだけれど、ちょっと意外だと思った。何しろここ後宮で聞こえてくる彼の噂は、全て彼を褒め称える話なのだから。

「なにかあったの?」

「私ね、見てしまったのよ。迷い込んできた市井(しせい)の子供を、あの方は汚いものでも見るような目でちらりと見て、子供が手を伸ばすと払いのけて行ってしまったの」

「誰かを呼ぼうともしなかったの?」

 笹掌侍は渋い顔で頷いた。

 市井の子供なら粗末な身なりだっただろう。邪険に扱ったとしても上流貴族ならありえることだ。
 けれども冬野中納言は貧しい者へも分け隔てなく優しいというのを売りにしている。噂通りなら、子供に手を差し伸べたはずだ。
 笹掌侍の目に奇異に映ったのも無理はない。

「子供はきょろきょろ見渡して困っているし、どうしようかと思っていたら、今度は月冴の君が通りかかってね。月冴の君は子供に声を掛けて、衣が汚れるのも気にせず抱き上げて、楽しそうに話をしながら門へ歩いていかれたの」

 状況からすれば、優絃がとった行動のほうが珍しいともいえる。
 小雀に言わせれば当然の行動だけれど。

「月冴の君がお優しいのは予想通りとしても、差がありすぎだと思わない?」

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