蛍月夜恋夢譚
「でも恋人はいらっしゃるのでしょう?」
「さあ、浮いたお話は聞かないわ。あの調子で軽口を叩いていらっしゃるけれど」

 何しろあれほどの美男子だ。
 ちらりと微笑みかけるだけで釣り放題だろうし、噂にならないだけであちこちに恋人がいてもおかしくはない。
 まあでも、彼は闇烏だ。恋人のところに通うよりも、夜の徘徊のほうが好きだったりしてと、小雀は密かに思った。
 だとすれば相当の変人だけれど。

「大変なのよ、月冴の君はとても」
「そう? 少しも大変そうには見えないわ」

「小雀ったら、もう。何もわかっていないわね」
 よく聞きなさいよと、笹掌侍は語気を強めた。

「左大臣は警戒して、あの方に監視をつけているのよ。左大臣というより、そうね、もしかしたら冬野中納言かもしれないわ……」
 笹掌侍は自分の言葉に納得するように頷く。

「監視?」

「多分、内通者がいるのよ。もちろん麗景殿にもいるはずよ」

 小雀は目を丸くした。
「――ええ?」

 笹掌侍は真面目な顔で頷く。

「月冴の君はわかっていらっしゃるわ。だからいつものらりくらりと追及の手を逃れている。と言っても、やましいことなんてないでしょうけどね」

 にわかに信じがたい話だ。

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