蛍月夜恋夢譚
 静まり返っていた屋内から悲鳴にも似た声が上がる。バタッと倒れる音がしたので、興奮のあまり気絶した女官もいるのかもしれなかった。


 優絃に促され女官の十二単が御簾の内側に消えたのを見計らって、小雀は歩みを進めた。
 彼に捕まると面倒だ。この隙にとばかりにひたひたと足を速めたけれど。

「小雀」と呼び止められた。

「ちょうどよかった。用事があったのですよ」
「申し訳ございません。私、貞観殿(じょうがんでん)に届け物がありますので」 

 それだけ言って行ってしまおうとしたのに、彼は、「ではお付き合いしましょう」と言う。

 ――え?

 扇をずらしてキリキリと睨んでみても、どこ吹く風の知らぬ顔。
 後ろにいたお供に先に行くよう告げた彼は、小雀を振り返り、「持ちましょう」と、小雀の手から冊子を取りあげた。

「大丈夫ですのに」
「まあまあ遠慮せず。そのか細い腕では重たいでしょうから」

 小雀は目を細めた。
 御簾の内側では、女官らが今のやりとりを固唾を飲んで見守っているに違いない。

 麗しの君の優しさにうっとりする反面、『また小雀は優しくしてもらっているわ』と、もやもやしているだろう。
 ずるいわと、後で嫌味を言われるのは目に見えている。いい迷惑よと溜め息をつきながら、心の中で悪態をつく。

(月冴の君なんて言われているけれど、この人ったら、実はとっても怪しい人なんですよー)


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