秘密の出産でしたが、御曹司の溺甘パパぶりが止まりません
「とりあえず……今、幸せなんだな?」と問われ、しっかりとうなずく。
「……はい。この子がいるから」
はっきりと答えた私に、響一さんは少しだけ安心したような顔をする。
この期に及んで私の心配なんてする響一さんの優しさに、胸を締め付けられながら口を開いた。
「あの、全部私が悪いんです。響一さんはなにも悪くない。それだけは絶対だから……勝手なこと言うようですけど、幸せになってください。私のことは、恨んで責めて、忘れてください」
必死に見上げて言うと、響一さんはやや驚いた顔をしたあと、ふっと頬を緩めた。
「〝恨む〟か。そうさせてもらうよ。千紗の嫌いな幽霊が出るように有名な霊媒師にでも頼んでおく」
「えっ」
幽霊なんて単語を出されビクッと肩が揺れる。
思わぬ返しをされ声をもらした私に、響一さんはおかしそうに笑う。
再会してから初めての、しっかりとした笑顔だった。
「冗談に決まってるだろ。そこまで子どもじみてないよ。……母親になったっていうのに、怖がりなままなんだな」
懐かしむような眼差しを向けられ、目を見開く。
まるでまだ愛情がこもって見える瞳に耐えきれなくなり、子どもを抱き直す振りをしてうつむいた。
「じゃあ……行くよ。千紗。身体には十分気をつけて」
別れの言葉に、瞬間的に心臓が押しつぶされそうになる。
響一さんは態度には出さないだけで、やっぱり落胆しているんだろうか。幻滅されただろうか。
そんな、感じても仕方のない不安に襲われ視界が揺れる。
それでも、腕の中で眠るこの子の体温が、私の背中を支えてくれていた。
「はい。響一さんも」
顔を上げた私に微笑みを返した響一さんが、背中を向け離れていく。
付き合っているとき、何度も見送ったうしろ姿。
離れている間も、諦めきれずあがき続けたほど好きな人。
この背中を見つめるのは、きっとこれが最後だ。
それがわかっているから、いつまでも目が逸らせなかった。
*サンプルはここまでとなります。