堅物女騎士はオネエな魔術師団長の専属騎士になりました。
翌日。
いつもより早く目が覚めたマリアベルは、朝食もそこそこに身支度を整えた。
普段なら倍食べる朝食も、今日はさほど身体に入っていかない。

出来上がった姿を、姿見に写し一息つく。
そして両手でパン!と左右の頬を叩き気合を入れた。

「……よし、マリアベル。本日も頑張ろう」

その儀式のようなものは、毎日の日課だ。
いつの間にかやらねば気持ち悪いと思うようになるほどの。

寄宿舎を出れば、外はまぶしい限りの陽が山の裾から顔を出していた。
鳥のさえずりも澄んだ空気と共に空へ響く。

今日も一日穏やかな天気になるだろうと、マリアベルは空を見上げて思った。
反面心の中は決して穏やかではなかったが。

寄宿舎は城敷地内にあり、そこから騎士団の施設がある東塔までは3分もかからない。
先に東塔の騎士団室へと出向き、出勤確認を済ます。その後、中庭を経て西塔へと向かった。
西塔の入り口には同じ第二騎士団の騎士が、重厚な鎧を纏い扉の横に立っている。

「よお、マリアベル。随分と早いな」

扉の前に立っていた騎士はマリアベルを見るなり、声をかけた。彼はマリアベルと同期のセヴィルであっる。
硬い表情だったマリアベルの顔が少し綻んだ。

「おはようセヴィル。今日からのこと、聞いているか?」

「ああもちろん。しかしまさかマリアベルがあの師団長の専属になるとは驚いたぜ。まあ、なんというか、とりあえず頑張れ」

「なんだか歯切れが悪いな」

「これ以上は守秘義務があって俺の口からは言えねえんだわ。ま、会ってみればわかるさ。師団長の部屋は螺旋階段を上がり切った最上階にある」

「……わかった、ありがとう」

セヴェルが扉を開けると、むっとした薬草の匂いが鼻についた。
ごくりと喉を鳴らして、マリアベルは一歩踏み入れた。

扉が閉められれば、塔内は薄暗くなった。
途端、薬草の香りがより強く感じられる。

汗の匂いと鉄の匂いが漂う騎士団の塔内とは何もかもが違う。嗅ぎなれない空気に一瞬顔を歪めるが、これからはこの匂いにも慣れねばならないと気を引き締めつつ、螺旋階段を上がっていく。

響くのはカツカツと鳴るマリアベルの足音と、一定に落ちる水音のようなもの。
人気を感じられず、やけに不気味である。

塔の高さは東と変わらないはずなのにやけに長く感じられるのは、気のせいであろうか。
やがて最後の段を上り切れば、目の前に魔法陣の紋様が描かれた赤い扉が現れた。
きっと、ここが師団長の部屋なのであろう。

ノックする前に、大きく息を吐く。

(騎士たるもの、その心は強くなければならない。)

そう心で暗唱した後、二回、扉を叩いた。

「おはようございます、魔術師団、師団長。第二騎士団所属マリアベル・アステリア、本日より専属騎士として参じました!」

扉の向こうの主へ声をかける。
そして返答を待った。
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