騎士のすれ違い求婚
3 私の騎士様
✴︎私の騎士さま✴︎


もうダメだ、
我慢できない、
こんな場で、まだ、泣いてはダメだ。

(私のジュノ様⋯⋯ )

それでも王女の女官のティアは、勝手に王宮を出るわけにはいかない。
王女の部屋に戻ったティアは、息が吸えないような硬い真っ暗な地面にでも埋められたように、苦しくて、やはり我慢しきれず涙だけがぽたぽたと落ちた。

程なくして、興奮した王女と他の女官たちが急いで部屋に戻ってきた。

「着替えるわ!
彼が結婚の申し込みにくるんだから! 」

「お待ちください姫さま、あわてたら、転んでしまいます! 」

「早く! 早く! 彼がきてしまう! 」

王女のはしゃいだ声⋯⋯ 。
これほど聞きたくないものはなかった。

王女はそのまま、はしゃぎながら部屋に入り、真っ青に(うずくま)って涙を流すティアを発見した。

「まぁ、どうしたの! 」

とっさに、ティアは、

「すみません、気分が悪くて」

と答えた。

「それはいけないわ。すぐ家におかえりなさい」

と王女が親切にしてくれる。

耐えがたい、どうにもならない、苦しい気持ち。
晴れやかな天気の、喜ばしいこの日に。
私だけがこの場でこんな気持ちを持っている。

「さあ、もう家に帰って、わたくしは忙しいし、ティアはかわいそうだわ」

王女は、さして心配もせず、しかし、当然の王族の優しさだけをティアに施して、もう忘れたように、

「そうだわ! 
彼にもらった髪飾りをつけて! 
ドレスは⋯⋯ 」

その声を耳を塞ぎそうなその声を、ぎゅっと心にささったぬけない刀のように、ティアは女官長に小さく「ごめんなさい、暇をいただきます」とだけ伝えて、ヨロヨロと駆け出した。

女官長が「あっ」と声にならないような言葉を飲み込み、ティアを引き留めようとした。が、ティアは逃げるように走り去った。

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