騎士のすれ違い求婚
ティアの方が興味を持ち近づいて、彼の目の前に行き、下から至近距離で彼を見上げた。
(すいこまれそう)
とティアは最初に思った。
なんて綺麗な目だろう。
「お母様の宝石みたいね」
と思わず言ってしまう。
彼は驚いたように、もっと瞳が大きく見開かれた。
「お目めが、とても綺麗よ」
そこに兄が駆け寄ってきて、得意げに妹を紹介する。『猿みたいにおてんばなんだ』と余計な事を付け加えるから、兄弟で言い合いになり、追いかけっこのようになった。
兄と仲がよく活発だったティアは、彼にも遠慮せず、すぐ一緒になって外で遊ぶようになった。
『ジュシアノール』
何度名前を聞いても、
「えっとえっと」
と発音できない
「ジュ⋯⋯ ノール⋯⋯ 」
「違うな」
と呆れたように彼に笑われる。
あまりに何度も発音できないティアを見て、彼が見せた感情の表れだった。
「もう、もういいわ!
ジュノさまよ、私はジュノさまって呼ぶわ! 」
「ふふ」
横で兄が、『赤ちゃんだから発音できない』とか、何やら悪口を言っているが、当のジュシアノールは嬉しそうにティアを見つめる。
優しくて、ちょっとからかうように。ちょっとしょうがないなって。
ティアも彼を見つめる。
彼をこんな名前で呼ぶのは特別なんだ。
発音できないから、でも、2人だけの間の特別なんだ。
「ジュノさま、ジュノさま、ジュノさま」
何度も何度も、しつこくその名前でわざと呼んだ。
「ふふ、何? ティア」
と彼も答える。
2人だけの柔らかい空間。
3人でなんだかんだと遊ぶうちに、ティアは、彼の固まった感情の下にある、傷つきやすい、優しい、熱い気持ちを心で感じるようになった。
ティアは、異性は兄以外、彼しか知らない。
でも、彼は特別だと幼心に思ったのだった。