落ちこぼれ歌手の秘密の恋愛
同じ事務所の後輩たちは、お店にもシングルCDもアルバムCDも並ぶのに、私のものは並ばない。

「君は、歌手か何かを目指しているのかな?」

「え? あ、はい……。でも、全然ダメダメで」

「ダメだと思うと、声にそれが乗ってしまう。自分はできると思える気概じゃないとね」

「そう、なんですか?」

「ここで例に出すと怒られるかもしれないけど……。例えばね、自信がないままに歌うのと自信満々で歌うの、音の外し方は明らかに自信がない方が可能性が高くなるだろう?」

そう言われて、たしかに……、と思い返す。まだ覚えたてで、自信がないときの音合わせは本当に難しいし、若干の音程の変化も覚えた後より多い。

「君はさ、もっと自分に自信を持っていいんだよ」

「だけど、本当に、私……。ダメなんです……。後輩のほうが売れていて、私は事務所のお荷物で……」

「あ、事務所には所属しているのか……。うーん、タイミングとか売り出し方、それにその時に流行っている系統にもよるからなぁ……」

向坂先輩は、うんうんと唸りながら、思いつく限りの要因を挙げていく。でもどれも、私を責める言葉はなかった。

「もしかしたらだけどね、事務所が君の売り出し方を間違った可能性だってある。君は、明らかに可愛いを前面に出すアイドル向きじゃない。あっ、アイドル目指してたら、ごめん」

「あ、いえ、アイドルは目指していないので……」

「うん、じゃあ君の売り出し方に問題があったんじゃないかな? 後輩と君では得意なことも何もかも違うだろう? それなのに同じようにやるだけでは失敗もするよ。それで事務所の荷物だと感じさせられる環境なのであれば、事務所を変えるのも、一つの手だと、俺は思うね」

まるで、私がKanaeだと分かっているような口ぶり。もしやと思って私が誰だか知っているのか、聞いてみたがわからないと、申し訳なさそうに言われた。それに彼はデビューもしてないと思っているようで、それならKanaeとはわからないよな、と自分を納得させる。

「ま、俺は芸能界の事なんて知らないし、めちゃくちゃど素人の、何も知らない人間からの言葉だから。だから、あんまり深く考えすぎなくてもいいと思う。それに、相談ならいつでも乗るよ」

「え……?」

「ここで出会ったのも、何かの縁だし」

「あ、ありがとうございます……」

そうだ、と言った彼は、今度は自分のことを話し始めた。

「君に変なこと言ったからね、今度は俺の話をするよ。俺、好きな歌手がいるんだ。君は知ってるかな、Kanaeっていう歌手なんだけどね」

「あ、し、知ってます……」

一瞬、肩が跳ねあがるかと思った。まさかここで自分の名前が出るとは思っていなかったからだ。

「お、知ってるんだ。さすがだね。Kanaeの声も歌も、全部、俺は大好きでね。ずっと、セカンドシングルからは同じ作曲家の作った楽曲を歌っているけど、その組み合わせも最高で、俺はCDが出るのが楽しみだし、ライブに行けるのも嬉しいんだ」

目の前で話す先輩の目は、とてもキラキラしていた。

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