託宣が下りました。
「巫女よ! 土産だぞ!」

 聞きたくもなかった声が聞こえてきたのはそのとき――

 わたくしははっと身を固くしました。勇者様が「あちゃー」と言いたげに片手で顔を覆います。
 修道院前は大きな通りです。その向こうから、すっかり見慣れてしまった長躯の男性がのっしのっしとやってきます。
 肩に何やら黒々とした大きなものを担いで。

「……?」

 あれは何でしょう。遠目に分からなかったわたくしは、ちらちら騎士ヴァイスを見ながら(まともには見たくなかったのです)首をかしげました。

「おお。アレスも一緒か!」

 近くまでやってきた騎士ヴァイスは友人の姿を発見して歓びの声を上げました。

「ん? しかしアレスが巫女に何の用だ?」
「お前のことで来ているんだよヴァイス……」

 勇者様は「その、肩に担いでいるものは何だ」と厳しい声で問いました。

「これか? 見ての通り仕留めたばかりのイノシシだ! これからイノシシ汁でもどうかと思ってな」
「――――――!」

 わたくしは声にならない悲鳴を上げ、ずざざっと数歩後ろに飛び退きました。
 それを見た騎士ヴァイスが、きょとんとわたくしを見つめます。

「どうした巫女よ? イノシシはうまいぞ?」
「こ、ここは修道院です……! 敷地内に入ってこないで!」

 わたくしは必死で首を振り、逃げてはいけないと気づいてからはほうきでツンツン騎士を押して敷地外へ出そうとしました。

「な、なんだなんだ?」
「お前の脳にはちゃんと味噌は詰まっているのか」
 呆れた声を出したのは勇者様。「この単細胞が。時と場所を考えろ」

 ……え、今の本当に勇者様の言葉?
 あの、穏やかで人のよくできた、悪口を言わない勇者様の言葉?

 混乱するわたくしをよそに、勇者様は騎士に説明してくれました。なぜわたくしが怯えたのか。

「いいか、修道院は菜食主義だ。まして殺した生き物を敷地内に持ち込むなどもってのほかだ。おまけにこの時間帯はもう朝食が終わっている。これくらい王都の人間なら知っておけ、大馬鹿が」
「そうなのか?」

 騎士ヴァイスは困ったようにうーんと唸りました。あごを撫で、「菜食主義か……」などとつぶやきながら、大人しく修道院の敷地外へ出て行きます。
 こういうところ、ヘンに素直な人のようです。
< 10 / 485 >

この作品をシェア

pagetop