託宣が下りました。
「巫女!」
「ひっ――」

 思わずネズミから手を放すと、ネズミはたがわず目の前の人影に飛びかかりました。

「どわあっ!?」

 目的は達成されました。驚いた人影は掴まっていた場所を手放してしまったのか、そのまま落下していきました。

 ………。

 なかったことに、しようかな。

 そんな思いがわたくしの脳裏をかすめましたが、人ひとり落下しています。少しは心配しなくては。

 ですが、わたくしの中に妙な確信があったのです。“彼が”、こんなことくらいで怪我をするわけがないと。

 ……それなら。

「では、ごきげんよう」

 わたくしは安心して窓を閉めようとしました。

「待て待て待て!」

 声が追いかけてきます。下から上へ。猛然と上がってきます。

 真っ暗な中に、大きな樹があるのが分かりました。人影はその幹を器用に登ってきているのです。

 そして、

「ひどいだろういくらなんでも。『勇者の片腕、妹のいたずら道具に驚いて死亡』とか目も当てられんぞ。他人事なら大笑いだが」
「騎士のこともきっと誰かが笑ってくれますよ。というわけでさようなら」
「だから待て。待ってくれ頼む」

 木の枝に両手でぶらさがって――
 騎士ヴァイスは暗闇の中、ぶらんぶらんしながらわたくしに訴えました。

「せっかく来たんだからせめてもう少し話を」
「今日は来ないと仰っていましたよね?」

 わたくしはランプを持って窓に戻ってきました。そして、騎士を責める気持ちでにらみました。

 すると、

「いや今日は来るつもりはなかったんだが、カイのやつが巫女が怪我したと報せてきたもので――。大丈夫か?」
「………」

 わたくしはむうとうなりました。こういうときの騎士は本当に心配そうな顔をします。ずるいです。

「……カイ様のお薬のおかげでだいぶ痛みは取れました。大丈夫です」

 ご心配ありがとう――神妙に頭を下げると、騎士は嬉しそうに笑いました。ぶらぶらしたまま。

「それは重畳! っと、あまり大声を出してはソラが起きるな」

 慌てて声をひそめます。

 ただでさえ声の大きい人です。もうとっくにソラさんが起きてもおかしくないほどですが、幸いベッドのソラさんに動きはありません。

 それにしても声を抑えた騎士、なんて。貴重すぎやしませんか。
< 118 / 485 >

この作品をシェア

pagetop