託宣が下りました。

 その魔物を相手にしたのがね、とマリアンヌさんは続けました。

「ヴァイスだったのよ。剣を抜こうとしたアレスに、『勇者の手をわずらわせるまでもない』って、かっこつけてさ」

「騎士が――」

 その日、マリアンヌさんは飲み物を運ぶ裏方として王宮にいたのだそうです。

 王宮の中庭で行われた盛大なパーティ。
 抜けるような青い空だったと聞いています。その晴天に、不穏な黒い影が飛び込んできて――

「あっという間だったわ。たしかにあの男は、戦士としては超一流なのよねえ」

 苦笑するような……けれどどこか熱のこもった目で、マリアンヌさんはそう言いました。

 わたくしは思わず彼女の横顔から目をそらしました。
 彼女の中にたしかにある想いのかけら。それはまるで触れられない美しい宝石のよう。

(……わたくしも、その場を見ていたかった)

「まあでも、必ずしもいい出来事とは言えなかったんだけれどね、あれは」

 マリアンヌさんの声がふと(かげ)りを帯びました。

「え……」

 どういうことですか、とわたくしが尋ねるその前に、彼女はドアのほうを見やり、

「それにしても遅いわね院長。帳簿のチェックが終わったらこっちへ来るって言っていたのに」

 悪いのだけどアルテナ、とマリアンヌさんはじゃれついてくる子どもをあやしながら言いました。

「ちょっと、院長の様子を見てきてくれないかしら」
「……わたくしがですか?」

 思わず聞き返してしまうと、マリアンヌさんはにいっと意地悪な顔をして、

「院長が苦手なんでしょう。これも修行だと思いなさいな、あなた修道女でしょ」
「………」

 当てられてしまいました。わたくしは苦笑いをして、「はい」と立ち上がりました。



 院長室のお部屋は相変わらず開きっぱなしです。けれど勝手に踏み込むのも気が引けて、わたくしはまず声をかけました。

「院長先生。――先生。入ってもよろしいですか?」
「勝手にしなよ」

 中からはそんな素っ気ない返答。

「……失礼します」

 わたくしがおずおずと中に入ったとき、子どもたちが散らかした玩具の転がるお部屋の中央で、院長先生は机に肘をついていました。

 片手に、何か手紙のようなものを持ってひらひらさせています。それを横目で見る顔つきが、まるで嫌いな虫でも見るかのようです。

「そのお手紙は……?」
「今しがた届いたンだよ。またしち面倒くさい話をよこしやがって」

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