託宣が下りました。

「行かないで」

 一瞬、騎士の動きが止まりました。
 まじまじとわたくしを見――そして、

「……巫女?」
「と、いうのがわたくしの気持ちです。……嘘はつきません」
「アルテナ」

 呆然と呼ぶ声。わたくしは苦笑しました。

「そんなに信じられませんか? わたくしが、喜んであなたを送り出すとでも?」
「いや――しかし、あなたなら国のほうが大切と言うかと」
「……たしかにそうも思います。同時にあるんです、二つの思いが」

 矛盾した心を抱えるなど、わたくしにとって珍しいことではありません。
 それがおかしいと思うわけじゃない。だって大切なものは十重二十重(とえはたえ)にも重なっているものだから。

 ただ……実際には『ひとつ』を選ばなくては、先に進めなくなるだけ。
 ひとつを選ばなくては、進むべき道が複雑になるだけ。

「あなたが行くのを止めることはできないのでしょう。でもせめて、気持ちだけは伝えたくて」

 わがままが許されるなら、願うことはひとつきり。どうか行かないで。
 危険な旅へと彼を送り出すことを、国の誇りだと喜ぶことはもうできそうにないから。

「……知っていてくれるなら、あとはちゃんと、笑顔で見送りますから」

 わたくしが願ったくらいで――
 彼が、行くのをやめるとはとうてい思えませんでした。
 あるいは、だからこそ言えたのかもしれません。

 彼は嬉しそうな、けれど寂しそうな表情を浮かべました。わたくしに歩み寄り、

「……見送るだけか?」

 その手がおずおずと――彼らしくないほどおずおずとわたくしの頬に触れて。
 まるでわたくしが逃げないことをたしかめるかのようでした。そして、
 それからわたくしを強く――抱きしめて。

 額に口づけを落とし、彼はつぶやきました。

「俺のことが恐くなったのかと思った」
「恐く……?」
無理強(むりじ)いしたことを怒っているんじゃないかと」
「―――」

(彼が……恐い?)

 自分の心を振り返ってみれば。
 子を成すことを迫られ、追い詰められたのは事実。一方的なやり方に反発したのも事実。

 でも――恐い?
 ……いいえ。

「あなたのことが恐いと思ったことは、一度もありません」

 そう、それが逃げた理由なんかじゃない。原因はもっとちっぽけなこと。
 ……ちっぽけだけど、消えない痛み。

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