託宣が下りました。
でもそれを憂えている場合ではないのです。まっすぐな彼には、まっすぐに向き合わなくては。
「あなたは、王女様に……その、エリシャヴェーラ様に、求婚されているのですね?」
言った瞬間、彼の体がこわばったのが分かりました。
「……どこで知ったんだ?」
「ま、町の噂になっていますから」
「噂……噂か。そうだろうなあ」
酒場の連中もからかってくるし、と騎士はうつろな声音でぼやきます。
「王女様と結婚する気はないのですね?」
わたくしは勇気を出して彼の顔を見つめました。どうか、どうか本当のことを教えて。
騎士は――これ以上ないほど情けない顔をして、
「あるわけがない。勘弁してくれ、本当に困っているんだ」
……ここまでは、町の噂でも言われていたこと。では……
「それでは――」
こくりと喉が鳴りました。緊張でこめかみがうずくのを、わたくしは気づかないふりをしてやり過ごしました。
「王女様から逃げるためにわたくしを利用したという噂は?」
――数秒の、間。
おもむろに体を離した彼の表情が、見る間にぽかんとしたものに変わっていきます。意味が分からないと言いたげな。
「――なんだって? 俺が王女から逃げるために……」
「託宣を口実にして、わたくしに近づいたという噂があるんです」
「………………冗談だろう?」
ぼそりと、その一言だけ。
彼らしくない、あまりにもあっけにとられた様子で。
それを見て――
わたくしの全身から、緊張がするりと抜けていきました。
代わりに広がったのは、心からの安堵……
(……大丈夫。嘘じゃない)
いえ、本当は彼の嘘を見抜く自信などありません。ただ信じたかっただけなのかもしれません。
それでも。
――信じられると、思えたから。
「わ、わたくしがその噂を知ったのはついさっきなのですけれど。王女様の名前が出たときにあなたが動揺していた気がして」
少しだけ声を明るくして続けました。そもそも自分はなぜ彼を疑ったのか、それも説明しなくては公平ではありません。
「……動揺するということは……後ろめたいことがあるのかもしれないと、思ってしまって」
正直なところ、今でもその疑問はあるのです。わたくしの前で王女の名前が出るのを、この人は嫌がっている。
たぶん、それは気のせいではなかったはずです。