託宣が下りました。

 でもそれを憂えている場合ではないのです。まっすぐな彼には、まっすぐに向き合わなくては。

「あなたは、王女様に……その、エリシャヴェーラ様に、求婚されているのですね?」

 言った瞬間、彼の体がこわばったのが分かりました。

「……どこで知ったんだ?」
「ま、町の噂になっていますから」
「噂……噂か。そうだろうなあ」

 酒場の連中もからかってくるし、と騎士はうつろな声音でぼやきます。

「王女様と結婚する気はないのですね?」

 わたくしは勇気を出して彼の顔を見つめました。どうか、どうか本当のことを教えて。

 騎士は――これ以上ないほど情けない顔をして、

「あるわけがない。勘弁してくれ、本当に困っているんだ」

 ……ここまでは、町の噂でも言われていたこと。では……

「それでは――」

 こくりと喉が鳴りました。緊張でこめかみがうずくのを、わたくしは気づかないふりをしてやり過ごしました。

「王女様から逃げるためにわたくしを利用したという噂は?」

 ――数秒の、間。

 おもむろに体を離した彼の表情が、見る間にぽかんとしたものに変わっていきます。意味が分からないと言いたげな。

「――なんだって? 俺が王女から逃げるために……」
「託宣を口実にして、わたくしに近づいたという噂があるんです」
「………………冗談だろう?」

 ぼそりと、その一言だけ。

 彼らしくない、あまりにもあっけにとられた様子で。

 それを見て――
 わたくしの全身から、緊張がするりと抜けていきました。

 代わりに広がったのは、心からの安堵……

(……大丈夫。嘘じゃない)

 いえ、本当は彼の嘘を見抜く自信などありません。ただ信じたかっただけなのかもしれません。

 それでも。
 ――信じられると、思えたから。

「わ、わたくしがその噂を知ったのはついさっきなのですけれど。王女様の名前が出たときにあなたが動揺していた気がして」

 少しだけ声を明るくして続けました。そもそも自分はなぜ彼を疑ったのか、それも説明しなくては公平ではありません。

「……動揺するということは……後ろめたいことがあるのかもしれないと、思ってしまって」

 正直なところ、今でもその疑問はあるのです。わたくしの前で王女の名前が出るのを、この人は嫌がっている。
 たぶん、それは気のせいではなかったはずです。

< 255 / 485 >

この作品をシェア

pagetop