託宣が下りました。
……それにしても。
(まさかわたくしに叱られるのを嫌がっていただなんて)
夢にも思いませんでした。そもそも彼に対して怒ったことなど今までに一度や二度ではないのです。彼がそれを気にしているように思えたこともなかった。それなのに――。
彼らしくない。いえ、これも彼の一面。
呆れるような、嬉しいような、ふしぎな気持ち。
(本当に)
知らず、笑いがこみあげてきました。
「巫女?」
きょとんとする騎士。そんな彼の表情、仕草。――信じられる。
やっぱり聞いてみてよかった。最初からちゃんと話せばよかった。でもこうして取り返せた。その幸運に心から感謝して。
『あなたはあの男が唯一まともに向き合う気になった、恵まれた女なのよ』
(はい……マリアンヌさん)
聞けば答えてくれる。ただそれだけのことがどれほど恵まれたことなのか、今なら分かる。
自分は恵まれている。そのことを見失ったりしないように。
わたくしは自ら彼に抱きつき、背伸びをして騎士に口づけしました。
どこかから院長先生の痛い視線が飛んでくるような錯覚を起こしましたが、ああごめんなさい、今だけ許して。
「アルテナ――」
騎士はすぐに口づけを返してくれました。力強い腕が、苦しいほどにわたくしを抱きしめ、浮ついたわたくしの心ごと捕らえて放しません。
身も心もとろけそうな時間。彼を知れば知るほど好きになる。無神経で適当な彼の性格が、直ったわけではないはずなのに。
深く知れば、こんなにも変わるものがある。
「……ヴァイス様。旅に出る前に、この孤児院の子と遊んであげてくれませんか」
「ここやつらと? 俺でいいのか?」
「アレス様たちも一緒だとなおいいです。でも、あなたのことを一番知ってもらいたいから」
「うん、いや、俺は構わんのだが――」
俺が来るのを嫌がる孤児院もあってな、と騎士は苦渋のしわを眉間に刻みました。
「以前……子どもたちを泣かせたことがある」
「大丈夫ですよ。あなたは恐い人ではありません」
「そうか?」
わたくしは笑顔でうなずきました。
例えば最初にこの目で見たものが、人型や獣型の魔物を斬る騎士だったなら……今とは違うことを思っていたのかもしれません。
けれど、わたくしが見たものはそうではなかった。そしてこの先何を見ようとも、心が揺らぐ気がしないのです。