託宣が下りました。
 わたくしもそのお噂を聞くたび、人として敬いたい気持ちに駆られます。けれど、勇者様のほうがいい――とか言う話では断じてありません。

「顔だって悪くないだろう。ほらほら」

 窓から顔を突き出す騎士ヴァイス。たしかに顔は悪くありません。

 それどころか、柔らかそうな金髪は美しくて、このわたくしでさえつい触りたくなるほどです。面おもてはとにかく凜々しく、活力にあふれています。鍛え抜かれた長身は活動的で、右から見ても左から見ても健康的な美男子でしょう。ちなみに年齢はわたくしより五歳上だそうです。

 でも、問題はそこではないのです。(というか顔がよければ私の男性苦手症が軽減されるわけではありません)

「……騎士ヴァイス。あなたは、託宣がくだった日を覚えておいでですか」
「うん? もちろんだとも! 俺の人生であんなに幸福な日はなかった!」

 モップを振り回し――窓枠にガキッと当たって悲鳴を上げつつ――主張する騎士。
 わたくしは思わず、声を張り上げた。

「わ・た・く・し・は! 生涯思い出したくありません……!!!」

 ――生涯忘れられそうにない、あの日。

 託宣の間の水鏡の前。夜空の星を移した美しい水をたたえた器の前にわたくしはいました。

 託宣がくだった直後、大勢の観客の中から、おお、と獣のようなうなり声をあげて諸手を挙げたのは他でもない、騎士ヴァイス――

「ついに俺の子を孕む相手が現れたぞ!」

 その言葉を聞いた瞬間、わたくしの本能が叫んでいた。逃げて――

 けれど逃げられなかったのです。何しろここは神聖なる託宣の間。そしてわたくしは……ここを動いてはいけない立場。

 騎士の行動はとても素早いものでした。託宣を聞きに来た多くの修道生や一般人、国の人々の前に躍り出たと思うと、

「あなたが、俺の運命の人か!」

 そう叫ぶなりわたくしを抱き寄せ、それから、ああ――
 なんと言うことでしょうか。あろうことかあれだけの観客の前で騎士は、わたくしの唇を奪ったのです!
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