託宣が下りました。
「もういやあああ」

 星の巫女アルテナが錯乱して建物の中に逃げ入ってしまう。

(……やってしまった)

 アレス・ミューバッハは大きくため息をついた。彼女を傷つけるために来訪したわけではなかったのに。

『勇者様は、この結婚に反対してくださるのでは?』

 そう問うてきたときの切実な目。巫女は本気で追い詰められているのだ。

「……」

 もう一度ため息をついて、友人の元まで歩いて行く。
 ヴァイス・フォーライクは敷地ぎりぎりの位置で、もどかしそうに足踏みをしている。

「何をしているんだヴァイス」
「気持ちだけでも巫女を追おうかと」
「阿呆か」
「お前こそ何をしにきたんだアレス? 何の役にも立ってなかった気がするが」

 それはお前の方だ――と言いかけて、アレスは口を閉ざした。実際今日の自分に何の意味もなかったことに思い至ったからだ。
 ヴァイスは「ううむ」ときつく眉間にしわを寄せた。

「今日は何が悪かったのだろうか。分かるか、アレス?」
「ああ。全部が悪かった」

 ざくっと剣を振り下ろすように言ってやると、ヴァイスは再度「ううむ」とうなった。
 放っておけば普通に容姿のいい若者だと言うのに、ヴァイスはむやみにおっさん臭い。

「ところで、今日の魔物狩りを断ったかと思えばお前はイノシシ狩りに行っていたのか」
「む? おお。イノシシ汁食うか?」
「朝食はもう済ませてしまったんだよ」
「そうか。西の山は厄介だったぞ。魔物だらけだ」

 ヴァイスはあっけらかんとそんなことを言う。
 しかしそんなに軽い内容ではない。アレスは真顔になり、「西の山もか……」とつぶやいた。

 ――彼らが魔王を倒してから一年。各地の魔物が再び活発化しつつある。
 国の政治もかんばしくなく、隣国との関係がぎくしゃくしている。それらの状況が国民の不安を二重に煽っている。

 アルテナの「救世主の誕生」の託宣は、そんなときにくだされたのだ。

(イノシシ狩りのついでに、魔物も狩ってきたわけだな)

 アレスは内心で苦笑した。ヴァイスはそういうやつだ。
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