託宣が下りました。
「どうする。一緒に逃げるか? シェーラ殿」

 騎士がもう一度シェーラに問いました。

「シェーラ……」

 わたくしははらはらとしながら友人を見つめました。
 シェーラはわたくしの手を強く握りました。そして、

「――いえ、逃げません」
 決然とそう言いました。「私がお父様と話します。二人は私が呼んだのだと、そう説明します」

「シェーラ、わたくしたちのことはいいのよ」
「いいえ、責任は取らせて。元はと言えば私がろくに説明していなかったから、アルテナだって無茶をすることになったんだし」

 大丈夫よと、シェーラはわたくしを見て強くうなずきます。

「ヴァイス様のお名前を利用させてもらうわ。構わないでしょう、ヴァイス様?」
「おお構わんぞ。俺としては巫女の好感度に――もとい役に立てればそれで」
「今余計なことを言いませんでしたか?」

 騎士ははははと笑って――

 そして、ふいに寝室の外に向かって振り向きました。

「――というわけで。ここは俺の名に免じて許してはいただけないか、ブルックリン伯」
「……」

 騎士に応えるようにゆっくりと。一人の男性が――おそらくブルックリン伯爵が、寝室へと入ってきます。

 供も連れず一人きり。いかにも雨の中を急いで帰ってきたとでも言うように、髪が少し濡れているようです。シェーラと違って濃い茶の癖毛をしていました。シェーラは母親似なのでしょうか。

「とんでもないことをしてくれたな、ヴァイス殿」

 落ち着いた声が、静かに騎士を責めます。しかし騎士は平気な顔です。

「そうか? そもそもあなたの娘への態度が原因だろう」
「どんな理由であろうと年頃の娘の部屋に男が忍んでいいと思っているのか? 勇者の片腕ともあろうものが――」
「巫女がいなければ来る気はなかった俺など大人しいものだぞ。アレスならむしろ真っ先に飛び込んでくる」

 ……どうでもいいのですがこの短期間でわたくしの中でのアレス様のイメージが変わってしまいそうです。

「何でもいい。とにかく、部屋を出てもらおうか」
 ブルックリン伯はあごでわたくしたちを促しました。「シェーラはここで待っていなさい」
「いやよ、私も行くわ。話をする」

 シェーラはわたくしの手を掴んだまま、頑として放しません。
 それをお父上は苦々しい顔で見やり、「好きにしなさい」と言いました。
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