託宣が下りました。
「何がお嬢様よ! あんた金でどこにでも雇われるでしょうが!」
「そうですが、私の父は昔ブルックリン家に仕えていました。その縁で私も昔からブルックリン家の諜報員をしていまして」
「へえ。少しは義理でも感じてくれてるの?」
「いえ、伯爵は一番金払いがいいので」
「正直すぎるのよあんたは!」

 シェーラは両の拳を握って震わせます。その気持ちはよく分かります。

「レイリアさん……ひょっとして伯爵にお目付役を命じられたの?」

 わたくしがおそるおそる尋ねると――シェーラがぎょっと目をむきましたが――レイリアさんは軽くうなずきました。

「その通りです。シェーラお嬢様が無茶をしないようにと」
「修道院でどう無茶をするのよ!?」
「あと他の男が近づかないように。ヴァイス様とか」
「ヴァイス様はアルテナ目当てでしょおおおお!?」

 シェーラ。お願いだから食堂で叫ばないで。

 レイリアさんはまったく動かない無表情で続けました。

「それはむしろマクシミリアン様が心配なさっています。マクシミリアン様はヴァイス様を崇拝していまして、『ヴァイス様に奪われたのでは僕は勝てない』と仰っておりました」
「勝てないのはその通りだと思うけど根本が違う……!」
「あと『あんな地味な巫女にヴァイス様が心を奪われるなんて何かの間違いだから』とも」
「じ、じみ……」

 ふいをついてこちらの胸をえぐってこないでください。

「失礼なのよあんたはー!」
「仰ったのはマクシミリアン様です」
「あいつはあいつで殴る!」

 シェーラ、あなたも少し静かにしてくれると嬉しい。さっきから他の修道女の目が痛いから。

 シェーラをなだめすかし、わたくしたちは結局三人で食事を始めました。いつもと同じメニューがなぜだか違う味に思えます。

「ほら、でも、良かったじゃないシェーラ。伯爵もちゃんとシェーラの幸せを考えてくれているようだし――」
「……あんまり納得できないけどね」

 シェーラはむっつりと不満顔です。まあ、それはそうでしょう。

 本来ならシェーラは婿を取るべき長子です。ですがブルックリン伯爵は、シェーラを嫁に行かせることにしました。そうなると、伯爵が亡くなればブルックリン伯領はすべてミハイル家のものになってしまいます。

 それでもいい、それでもシェーラを良い家の長子に嫁がせたい――と、ブルックリン伯爵は考えたのです。
< 78 / 485 >

この作品をシェア

pagetop