君の憂鬱
彼の部屋に遊びに来て、かれこれ数時間。
一体いつまでこの状況が続くのだろうか、そんなことさえ考えてしまう。
目の前には一人で雑誌を読んでいる、彼の背中。もうずっとこの状態。これは所謂、放置プレイってやつですか。さすがに痺れを切らした私は鞄を持って立ち上がった。
「私、帰るね」
「……は?なんで」
「いや、もうこんな時間だし」
「ゆっくりしていったらいいじゃん」
「うん」
「送るから」
うん、と返事をしながらも、その気すら見せず部屋を出ていこうとする楓。
読んでいた雑誌をその辺りに乱暴に投げ捨て、彼女の後を追いかける。だけど、それさえも。
「いいよ、大丈夫」
「けどさ」
玄関先でピシャリと言い放つ彼女。
……なんなんだよ、俺の方が大丈夫じゃねぇっつーの。
「寒いでしょ、外」
「そんなの……」
「じゃあね」
たいしたことねぇよ。言い終わらないうちに、彼女に言葉を遮られ、ブーツを履き終えた楓は振り向くこともせずに部屋を出て行った。
「……楓!」
部屋から出ていく楓を、考える余裕すらなく追い掛ける。
「なぁ、待てって……」
先を歩く彼女に、やっとの思いで追い付いたけれど。楓は振り向いてくれないどころか歩くことさえ、止めてはくれない。
「ちょ……」
そんな彼女の腕を掴んで、無理矢理引き止めた。
「竜」
俺の名を呼んで、やっと振り向いてくれた彼女。身長の低い楓がよく自然とやる上目遣いに俺は弱いらしい。
「……なに?」
だけど、次の瞬間に放った言葉なんて信じたくなかった。
「別れよう」
「……は?」
あまりにも突然のことで言葉に詰まる。
今、起きている状況がいまいち掴めない。
「竜はさ、なんで私と一緒に居てくれてるの?楽しい、」
「楽しくないやつと、こんなにも一緒になんか居ねぇよ」
「…、だけど。私達もうこれ以上一緒にいる意味なんてあるのかな、って……」
……ほら、またそうやって。
なあ、どうして?涙を浮かべる彼女はとてもつらそうで。俺自身だって、いつになく険しい顔していたに違いない。
「楓はさ。俺と一緒にいて、楽しくねぇの?」
「……楽しくない、よ。こんなままじゃ、なんか色々と考えていくうちに、私どんどん不安になっていって……。もう、どうしたらいいのかなんて、わかんないよ」
……考えるよりも、先に体が動いていた。俺の腕にすっぽりと収まった楓。
俯いて小さく肩を震わす君を、抱きしめられずにはいられなかった。
「……ごめん」
「りゅ…、」
「ごめんな。俺、楓の気持ちになんて全然気付いてやれなかったよな。……楓がさ、もし別れたいって言うんなら、うん……、別れてやりたいけど。でも、やっぱり俺は別れたくねぇよ」
「りゅ…う、」
「なあ。楓が今、思ってること。全部言ってくれれば、全部ちゃんと聞くから。だから、そうやってなにもかも一人で抱え込むのはやめろ」
「ん……、竜」
俺の名前を呼んで、再び見上げる彼女。
「なに?」
「私、寂しかった」
「……ん?」
なるべく優しい声で、楓の言葉に耳を傾ける。
「近くに居るはずなのに、竜が遠くて。竜は私なんかのこと好きじゃないかもって考えてたら」
涙声で話す楓を、黙らせるように唇で塞いだ。すっかり冷え切った彼女の唇はとても冷たかった。
「ばーか。こんなにも近くに居るじゃん」
楓の顔を見て笑うと、彼女の背中に回す力を一層強く、強く。力を込めた。
確かめるように抱きしめ返してくれた楓のことを、俺は一番に守るから。
「寒い、ね」
「ああ……つか、俺のが寒いんだけど」
俺は急いで部屋を出てきたせいで、着ているのはこんな真冬にシャツ一枚だった。
「……本当だ」
「笑ってんじゃねぇよ」
ふふ、と笑う彼女。そんな楓を見ると、つい、つられてしまう。
「……早く帰ろうぜ」
楓の冷え切った手を握った。
「そうだね。竜、ほんとうに大丈夫?これ着る?」
楓が羽織っている上着を脱いで、俺に被せようとしてきた。
「や、いい。つか入んねーし。楓のやつ小っさすぎて」
「入るよ!頑張ったら」
「どう頑張んだよ。だから、もういいって。そんなことしたら楓がさみーだろ。」
「もう……早く帰ろ?」
吹き付ける風は冷たかったけれど、二人の繋いだ手は確実に、温度が伝わるほど温かったんだ。