君との夏の思い出
「あー、つまんないー」
「なにが」
「夏休み、ずっとバイト入ってるんだけど私」
「……俺もだよ!」
「うちら、めっちゃシフト入ってない?社員並みだよ」
「確かにな」
飲食店でのアルバイト。勇気を出して応募して、ちょうど同じ時期に入ったのが杏奈だった。同い年ということもあってか会話も弾み、気が付けば自然と仲良くなっていって、冗談も言い合える仲になった。
夏休みも半ば。なにかと要領の良い彼女を慕って店長が、これでもかと言わんばかりにシフトを入れられた杏奈と、それとは裏腹にみんなが休暇を取りたがる一方で、どうせお前は暇なんだろう、と。主張なんて、まるで無視された俺。高校生の俺たちの意見は取り入れられることもなく、もはや店長のいいように勝手に組まれたスケジュール。
「このままじゃ何処にも行けないじゃん!こんなにバイト入ってるとか、私一日の中で一番ゆっちと一緒にいる時間が長いかもしれない。」
「………。」
「やだよー。あー彼氏が欲しい!」
杏奈の彼氏になりたい。だなんて、死んでも言えないです。
「つか暇だな」
「だね」
奥にキッチンスタッフは居るものの、ホールは俺と杏奈のみ。暇だなんて呟いていた、ちょうどその時。遠くで花火の打ち上がる音が聞こえた。
「あ、花火!そういえば今日、河原の花火大会じゃない?」
「そういや、そうだ。だから今日お客さん少ないのか」
一人で頷いて納得していると、「ゆっち、見に行こう!」だなんて楽しそうに言うものだから、……今バイト中だろ!と思わず突っ込んでしまう。
「いいじゃん、今お客さん誰もいないし!」
そういう問題なのか、と考える余地も与えさせないくらいに素早く、走って店を出る杏奈。
「って、おおい!」
こいつの突発的な行動には、いつも驚かさせる。渋々、杏奈を追って俺も店の外へと出た。
「ゆっち!見て見て、…超綺麗!」
杏奈に追い付くと、目をキラキラと輝かせながら花火を見上げていた。ドォーン…ッという音と共に、花火が打ち上がる。
「本当だ」
「なんだか、ゆっちが言うと嘘っぽく聞こえるよね」
「……なんでだよ!」
ベタだけど俺は、花火なんかよりも花火を観る杏奈の綺麗な横顔に見とれてしまった。
「あ!」
いきなり大声を出すものだから、どうしたのかと思って杏奈の方を向くと。
「そういえば今年入って、まだ花火してない!私の中で毎年の恒例行事なのに!」
「……知らねぇよ」
杏奈の、たいしたことない思い出したような内容に冷静に突っ込む。
「めっちゃ、やりたい!」
「じゃあ、さ。今度、一緒に花火やろーぜ」
勇気を出して杏奈を誘ったつもり、だったけれど。
「やる!超ーやりたい!…絶対やろうね、ゆっち!」
「お、おー」
……こんなんでちゃんと杏奈に伝わってんのか?
だけど、満面の笑みで答えてくれる彼女を見たら、そんなことどうでもよく思える気さえした。
しかし数時間後。
「やべぇ、めっちゃ忙しい!」
花火大会が終わったせいか、店内は一気に賑わう。
「すみませーん」
「あ、はい!」
お客さんに呼ばれ、急いで駆け付ける。やっべ、まじ忙しい。
「あ、ゆっちー。私、もう上がるから!
頑張ってねー。」
店の裏側へ入ると、今にも退勤する雰囲気の杏奈。
「え、は!待て杏奈。おぉいっ!」
「あ、店長。お疲れ様でーす」
「はい、お疲れー」
「え、ちょ。店長……」
なんだかんだ、今年の夏は君との思い出でいっぱいになりそうです。