愛しい君へ
「……てめ、なに人んちで勝手にくつろいでんだよ」
季節は真夏。家に帰ると、これでもかと寒いくらいにエアコンをガンガンに掛け、アイス片手に俺お気に入りのソファに足を伸ばしては、まるで自分ちかのようにDVDを観ている沙也の姿があった。
「あ、悠。おかえりー」
「……さっみ」
なんだよ、これ。テーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンを取って見たら、設定温度は16度。即座に、設定温度を一気に温度を上げた。
「……ちょっと。なに観てんの」
「んー?AV。あったからさ」
「………」
平然と答える彼女。いやらしいシーンも沙也は、普通にアイスを食べながらテレビ画面を見つめている始末。部屋には女の喘ぎ声が響く。あったからって、観るか?普通。
「……面白いの?これ」
やっと俺の顔を見てくれたと思ったら、発した言葉がこれ。
「……さあ」
俺は、首を傾げた。
「……試してやろっか?」
彼女に近付き、ソファに跨がって上目遣いする沙也の顎を持ち上げた。
「……要らない」
しかし、返ってきた言葉は、あまりにも冷淡だった。
「これ。捨てといて」
「……は」
目の前に突き出されたのは、食べ終えたアイスの棒。
「ふあー、ねむた……」
それだけ言って、膝に掛けていたらしいタオルケットを頭が隠れる位まで、すっぽり被ってしまった。
「ねぇ、これ。俺のなんだけど」
彼女が被ったタオルケットの裾を引っ張る。これ俺愛用の。結構お気に入りなんだけどな。
「うん」
……うんって。覆われたタオルケットから、少し篭った声が聞こえた。
「いいでしょ、べつに」
「いいけどさ」
…沙也だから別に。だからと言って、人んちで自由すぎんだろ、こいつ。
「……いいんだ」
タオルケットから少し顔を覗かせた彼女は、ふは、と小さく笑った。
「……あ、アイスあるよ。冷凍庫」
思い出したように、買ってきたことを告げる彼女。
「おまえが食べたかっただけだろ」
「うん。まあね」
「つーか、こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
「大丈夫。ちゃんと被ってるから。部屋めっちゃ寒くしてさ、毛布とか被るの。私、これめっちゃ好き」
「だから、それ俺のだって」
「そりゃそうだよ、悠の部屋にあるんだから」
「………」
……呆れた。返す言葉も見つかんねぇから。
「……ちょっ」
なぜかひとりでいい気分になっているこいつを、なんだか無償に壊してやりたくなって、不意打ちのキス。なんか分かんねぇけど、無償に腹が立つ。いい加減こっちだって限界なんだよ。
「ゆ、う……っ」
いいところで沙也じゃない誰かの高いアン…ッ、という喘ぎ声が重なる。未だに付いたままの、アダルトビデオかららしかった。
……うぜえ。エアコン同様に、躊躇うことなく画面の電源を落とした。
「沙也。なんでさ、ひとりでこんなん観てたの」
「……置いてあったから」
「だからって観ねぇだろ、普通」
やっぱりどう考えても、沙也の行動が可笑しくて、ふっ、と笑ってしまった。
「……いつも、これ観て抜いてんの?」
「ぶっ。…つか、それ本人に直接聞くもんでもねぇだろ」
「あー、そうなのか?えぇ、うーん……」
「そこ悩むの」
あー、おもしれぇ……。つかやっぱ、こいつ頭おかしいわ。うん、絶対に。
「もういい、私帰る」
「じゃあ、なんで俺んち来たの」
「…悠に逢いたかったから。って私に言わせんの、これ」
「はは」
「あー、もうやだ。恥ずかしい。」
「なんで」
「ていうか悠。いい加減に、ここから退いてよ」
「やだ」
「……なんで!」
愛しい君へ