我が町のヒーローは、オレンジでネイビーで時々グレー
動けないでいると、誠護さんが目の前までやって来て私に手を伸ばした。
「ほら、来いよ、センセイ」
「え、でもでもでも」
「まさか、子どもたちにイイトコ見せらんねーのか?」
「そんな訳……」
誠護さんが小さな声でそう言うから、思わず彼の手を取ってしまった。
「でも、私消火器なんて使ったこと……」
「誰でも最初はそうだろ。大丈夫だ、俺、後ろから支えてやるから」
そう言われて園児たちの円の中央に導かれる。
燃えさかる炎と対峙する。
小さいけれど、やっぱり怖い。
怖い、怖い、怖い。
ガクガクと足が震えた。
だって、あのとき、私は──
「大丈夫だ」
消火器を手渡されたけれど、重たくて落としてしまった。
それを拾って立てると、誠護さんは隊長さんに向かって手をあげる。
「それでは、先生、消火お願いします!」
隊長さんの声が園庭に響いた。
「消火器の使い方、分かるな」
目の前の誠護さんは膝をついて、こちらを見上げる。
「まずは、ピンを引き抜く」
「そうだ」
黄色いピンを引き抜いて、その場に置いた。
「次は?」
「ホースを、火に向ける」
「正解。先端を持つんだ」
黒いホースは細くて、なんだか頼りない。
目の前の炎に向かってそれを構えるけれど、どうしても足がすくむ。
「へっぴり腰」
顔のすぐ横で誠護さんがしゃべった。
ドキっと鼓動が跳ねる。
「背筋は伸ばせ。足で踏ん張れ。尻餅つくぞ」
そう言いながら、彼は私の背後に回る。
「大丈夫だ」
そして背後から、私のホースを持つ手に自身の手を重ねる。
「次は?どうする?」
「レバーを、握る」
「そうだ、思いっきり握れよ……せーの」
誠護さんの手と私の手が同時にレバーを握る。
──プシューッ
白い粉が飛び出てくる。反動で思わず目をそらす。
「目をそらすな、火を見ろ」
真後ろで私を包み込む誠護さんは、すぐ耳元でそう言う。
けれど、それが安堵に繋がったのかしっかりと前を見た。
──あの火は、私が消すんだ!
炎に粉が当たるようにホースの位置を調整しながら、徐々に収まる火に近づいていく。
やがて、ホースの勢いも収まってくると、先ほどまで上がっていた黒い煙は白へと変わっていた。
「最後は?」
肩で息をしていた私の耳元に、まだ背後で私をすっぽりと包んだままの誠護さんの声が届く。
思わず大袈裟に肩を揺すると、誠護さんは私を包んでいた腕を解いた。
「ほら、最後は?」
「え、ええーと……」
消えた。と、思う。
でも、この後はどうするの?
「消火確認」
右隣に立った誠護さんが耳元でまた囁く。
また大袈裟に肩をゆすったら、誠護さんはケラケラ笑った。
「ほら、見てこい。ちゃんと消えてるか」
そう言われ、文字通り背中を押され燃えカスの前に出る。そこにあるのは、黒く焦げたススと、焼け焦げた臭いだけ。
「消火、完了しました」
私が言うと、園児たちがわあっと歓声をあげた。
とたん、背後にいた誠護さんがポンと私の肩を叩く。
「ほら、お前だってできたろ?」
振り向けば、そう言ってニヤリと笑う彼。
「これで、お前も大切な人を守るすべを、ひとつ手に入れた」
「うん……」
お礼を言おうと口を開きかけたその時、隊長さんが大きな声で言う。
「見事な消火でした。みなさん、先生に拍手!」
──パチパチパチ!
盛大な拍手に恥ずかしくなって、逃げるように園児たちの方に戻っていった。
「ほら、来いよ、センセイ」
「え、でもでもでも」
「まさか、子どもたちにイイトコ見せらんねーのか?」
「そんな訳……」
誠護さんが小さな声でそう言うから、思わず彼の手を取ってしまった。
「でも、私消火器なんて使ったこと……」
「誰でも最初はそうだろ。大丈夫だ、俺、後ろから支えてやるから」
そう言われて園児たちの円の中央に導かれる。
燃えさかる炎と対峙する。
小さいけれど、やっぱり怖い。
怖い、怖い、怖い。
ガクガクと足が震えた。
だって、あのとき、私は──
「大丈夫だ」
消火器を手渡されたけれど、重たくて落としてしまった。
それを拾って立てると、誠護さんは隊長さんに向かって手をあげる。
「それでは、先生、消火お願いします!」
隊長さんの声が園庭に響いた。
「消火器の使い方、分かるな」
目の前の誠護さんは膝をついて、こちらを見上げる。
「まずは、ピンを引き抜く」
「そうだ」
黄色いピンを引き抜いて、その場に置いた。
「次は?」
「ホースを、火に向ける」
「正解。先端を持つんだ」
黒いホースは細くて、なんだか頼りない。
目の前の炎に向かってそれを構えるけれど、どうしても足がすくむ。
「へっぴり腰」
顔のすぐ横で誠護さんがしゃべった。
ドキっと鼓動が跳ねる。
「背筋は伸ばせ。足で踏ん張れ。尻餅つくぞ」
そう言いながら、彼は私の背後に回る。
「大丈夫だ」
そして背後から、私のホースを持つ手に自身の手を重ねる。
「次は?どうする?」
「レバーを、握る」
「そうだ、思いっきり握れよ……せーの」
誠護さんの手と私の手が同時にレバーを握る。
──プシューッ
白い粉が飛び出てくる。反動で思わず目をそらす。
「目をそらすな、火を見ろ」
真後ろで私を包み込む誠護さんは、すぐ耳元でそう言う。
けれど、それが安堵に繋がったのかしっかりと前を見た。
──あの火は、私が消すんだ!
炎に粉が当たるようにホースの位置を調整しながら、徐々に収まる火に近づいていく。
やがて、ホースの勢いも収まってくると、先ほどまで上がっていた黒い煙は白へと変わっていた。
「最後は?」
肩で息をしていた私の耳元に、まだ背後で私をすっぽりと包んだままの誠護さんの声が届く。
思わず大袈裟に肩を揺すると、誠護さんは私を包んでいた腕を解いた。
「ほら、最後は?」
「え、ええーと……」
消えた。と、思う。
でも、この後はどうするの?
「消火確認」
右隣に立った誠護さんが耳元でまた囁く。
また大袈裟に肩をゆすったら、誠護さんはケラケラ笑った。
「ほら、見てこい。ちゃんと消えてるか」
そう言われ、文字通り背中を押され燃えカスの前に出る。そこにあるのは、黒く焦げたススと、焼け焦げた臭いだけ。
「消火、完了しました」
私が言うと、園児たちがわあっと歓声をあげた。
とたん、背後にいた誠護さんがポンと私の肩を叩く。
「ほら、お前だってできたろ?」
振り向けば、そう言ってニヤリと笑う彼。
「これで、お前も大切な人を守るすべを、ひとつ手に入れた」
「うん……」
お礼を言おうと口を開きかけたその時、隊長さんが大きな声で言う。
「見事な消火でした。みなさん、先生に拍手!」
──パチパチパチ!
盛大な拍手に恥ずかしくなって、逃げるように園児たちの方に戻っていった。