我が町のヒーローは、オレンジでネイビーで時々グレー
6 不器用な優しさ
それからは、すれ違いの日々だった。
黒岩家では当直でない日の夕食担当、誠護さん。
夕飯を食べるとすぐ、園長とともに部屋に帰ってしまい、ビールを飲み交わすことはなってしまった。
唯一、彼と会うのは私が居間で寝ている間だけ。
仏壇に手を合わせにくる彼を盗み見るのが関の山だが。
──避けられている。
あからさまにそうだと気づいたのは、彼の公休と日曜日がたまたま重なった今朝のこと。
消防に勤める彼は、1日当直を担当して翌日が非番、そしてその翌日が公休という3日をおおよそのサイクルに勤務していた。
だから、日曜日と彼の公休が重なるのは2度目だったのだけれど。
朝食を作り終えた彼は、私がダイニングに現れるやいなや、手元にあったソーセージをつまんで頬張ってからそのまま部屋に退散して行った。
テーブルの上には、3食分の朝食が置かれている。園長はもうテーブルについていたから、これから食べるところだったのだろう。
「おやまあ」
園長がこぼしたその一言に、勝手に口からため息が漏れた。
「紅音ちゃん、喧嘩でもしたの?」
「いや、喧嘩というほどでは」
「ま、座んなさいよ。あの子はどっか行っちゃったけど、ご飯に罪はないわ。美味しくいただきましょう」
微笑む園長に言われて、テーブルにつく。
ふわふわなオムレツが、まだ湯気を立てている。
「いただきます」
「いただきます」
2人で手を合わせる。
黒岩家に最初に来たときとなんら変わらないはずなのに、1食だけ取り残されたブレイクファストを見て、空しさが漂った。
「ごめんなさいね、うちの子、あんなので」
野菜のスープを口に運びながら、園長が言った。
「園長は悪くないですよ……」
言ってからはっとした。
これじゃ、誠護さんが悪いと言っているみたいだ。
「いや、あの、そういう意味じゃなくて」
慌てて弁明すると、園長はふふっ笑った。
「いいのよ、悪いのはあの子。そして、そんなふうにしてしまった私」
「いや、それは違……」
「違わないの。ねえ、聞いてくれる?」
園長は私の目をじっと見つめた。
私がこくんとうなずくと、園長はふふっと笑ってほう、と息を吐き出した。
「旦那が亡くなった時ね、誠護はまだ中学生だったんだけど……」
園長が話してくれたのは、旦那さんが亡くなった時のことだった。
出掛けていた園長が帰ってきたときには、旦那さんが倒れていたこと。部屋にこもっていた誠護さんは、父親の変化に気づけなかったこと。そして、救急隊員が駆けつけたときには、もう手遅れだったこと。旦那さんを失った悲しみで、誠護さんをフォローできなかったこと……。
「あの子は、まだあのときのことを後悔してるの」
「だから、あんなにも……」
ショッピングモールで救命活動をしていた彼を思い出す。
『救える命は救いたい』と、必死に手を動かし続けた彼を……。
やがて朝食を食べ終わると、私は立ち上がった。
「園長、私、誠護さんと話してきます」
「いいのよ、放っておけば。そのうちお腹空いて、これ食べにくるでしょ」
園長がもうすっかり冷めてしまった朝食を指差す。
「でも……」
「紅音ちゃんなら、あの子を変えてくれるかもしれないわね」
園長はそう言って微笑んだ。
黒岩家では当直でない日の夕食担当、誠護さん。
夕飯を食べるとすぐ、園長とともに部屋に帰ってしまい、ビールを飲み交わすことはなってしまった。
唯一、彼と会うのは私が居間で寝ている間だけ。
仏壇に手を合わせにくる彼を盗み見るのが関の山だが。
──避けられている。
あからさまにそうだと気づいたのは、彼の公休と日曜日がたまたま重なった今朝のこと。
消防に勤める彼は、1日当直を担当して翌日が非番、そしてその翌日が公休という3日をおおよそのサイクルに勤務していた。
だから、日曜日と彼の公休が重なるのは2度目だったのだけれど。
朝食を作り終えた彼は、私がダイニングに現れるやいなや、手元にあったソーセージをつまんで頬張ってからそのまま部屋に退散して行った。
テーブルの上には、3食分の朝食が置かれている。園長はもうテーブルについていたから、これから食べるところだったのだろう。
「おやまあ」
園長がこぼしたその一言に、勝手に口からため息が漏れた。
「紅音ちゃん、喧嘩でもしたの?」
「いや、喧嘩というほどでは」
「ま、座んなさいよ。あの子はどっか行っちゃったけど、ご飯に罪はないわ。美味しくいただきましょう」
微笑む園長に言われて、テーブルにつく。
ふわふわなオムレツが、まだ湯気を立てている。
「いただきます」
「いただきます」
2人で手を合わせる。
黒岩家に最初に来たときとなんら変わらないはずなのに、1食だけ取り残されたブレイクファストを見て、空しさが漂った。
「ごめんなさいね、うちの子、あんなので」
野菜のスープを口に運びながら、園長が言った。
「園長は悪くないですよ……」
言ってからはっとした。
これじゃ、誠護さんが悪いと言っているみたいだ。
「いや、あの、そういう意味じゃなくて」
慌てて弁明すると、園長はふふっ笑った。
「いいのよ、悪いのはあの子。そして、そんなふうにしてしまった私」
「いや、それは違……」
「違わないの。ねえ、聞いてくれる?」
園長は私の目をじっと見つめた。
私がこくんとうなずくと、園長はふふっと笑ってほう、と息を吐き出した。
「旦那が亡くなった時ね、誠護はまだ中学生だったんだけど……」
園長が話してくれたのは、旦那さんが亡くなった時のことだった。
出掛けていた園長が帰ってきたときには、旦那さんが倒れていたこと。部屋にこもっていた誠護さんは、父親の変化に気づけなかったこと。そして、救急隊員が駆けつけたときには、もう手遅れだったこと。旦那さんを失った悲しみで、誠護さんをフォローできなかったこと……。
「あの子は、まだあのときのことを後悔してるの」
「だから、あんなにも……」
ショッピングモールで救命活動をしていた彼を思い出す。
『救える命は救いたい』と、必死に手を動かし続けた彼を……。
やがて朝食を食べ終わると、私は立ち上がった。
「園長、私、誠護さんと話してきます」
「いいのよ、放っておけば。そのうちお腹空いて、これ食べにくるでしょ」
園長がもうすっかり冷めてしまった朝食を指差す。
「でも……」
「紅音ちゃんなら、あの子を変えてくれるかもしれないわね」
園長はそう言って微笑んだ。