我が町のヒーローは、オレンジでネイビーで時々グレー
2 再建と買い物と救命と
朝食の匂いに釣られてキッチンに入ると、ダイニングテーブルについた園長がトーストを頬張っていた。
「紅音先生、おはよう。よく眠れた?」
そんな園長の言葉よりも、私はその向こうに見える光景に固まった。
「……はよ。お前も食うか?」
青色のエプロンを身に付け、フライパンから香ばしいバターの匂いを漂わせる彼。
「誠護、人のことはちゃんと名前で呼びなさいっていつも言ってるでしょ!」
園長は彼の方から私に視線を戻すと、続けた。
「……ごめんなさいね、紅音先生。出来の悪い息子で」
「え、息子さん……?」
「あら、言ってなかったかしら? 息子の、誠護。ほら誠護も、自己紹介して」
消防士の彼──もとい、誠護さんは、火を止めてフライパンの中身をお皿に盛り付けると、それをダイニングテーブルに運ぶ。そのまま、私の方に顔を向けた。
「黒岩誠護。よろしく」
「ああ、えっと……寺坂紅音、です。お世話になります」
ペコっと頭を下げると、彼はそのままテーブルの上をちらりと見る。
「これ、食う?」
そこには、湯気の立つ甘い香りのフレンチトーストに、ブロッコリーとミニトマトが添えられている。
「い、いいんですか?」
「どーぞ。俺のはまた作ればいいし」
「すみません……」
いそいそと椅子を引き、フレンチトーストの前に座る。
向かい隣に座っていた園長は、ニコニコと笑みを浮かべている。
「あ、そうそう。紅音先生、昨日置き手紙しておいたんだけど、今日はお仕事お休みしなさいね?」
「いいんですか?」
「ええ。心身共に苦労したでしょう? 今日は土曜日だから、預かる子も少ないし何とかなるわ」
すみません、と今度は園長に頭を下げる。
いいのよ、と園長は笑いながら、食後のコーヒーを飲み干した。
「ああ、そうだわ!」
カチャリとソーサーにカップを戻した園長は、パンと両手を叩く。
「これから生活するのに、なにかと色々必要でしょう? 誠護、今日は仕事休みなんだから、買い物付き合ってあげなさいよ」
「え!?」
思わず大きな声が出た。
「ほら、こんな息子だけど、力だけはあるから。荷物持ちにでも使って頂戴」
「でも……」
「いいのいいの。こういうことは、2人でした方が気が楽よ」
ちらりと誠護さんを見る。
「……誠護さん、いいんですか?」
「……ああ、いいよ」
彼は二つ目のフレンチトーストを、お皿に盛り終えたところだった。
「じゃ、私は行くわね。誠護、後はよろしく」
ダイニングテーブルにお皿を持ってきた誠護さんの肩をポンと叩きながら、園長は席を立つ。
「紅音先生、誠護に気なんか遣わなくていいからね」
園長は大袈裟に片目をつぶって、そのまま部屋を出ていった。
「……食わねーの?」
私の前に腰かけた誠護さんは、すでに自分のフレンチトーストにナイフを入れていた。
「た、食べます!」
私も慌てて並べられたカトラリーからナイフを手に取る。
甘い香りが鼻の奥をくすぐって、思わず大きく息を吸い込んだ。
一口大に切り分けて、そのまま口に運べば、芳醇なバターの香りが口いっぱいに広がって、すぐに卵がふわりと溶けていく。
「美味しい!」
「だろ?一晩漬け込んだからな」
「え……」
「あ」
誠護さんの方に視線を向けると、彼は間が悪そうに視線を手元に移す。そして、それから黙々とフレンチトーストを食べ続ける。
「あ、あの……」
「……何?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「……色々と」
「あっそ。それより、お前……」
誠護さんは私の手元を見やるとぶっきらぼうに言った。
「しゃべってねーで食えば?」
「あ……」
見れば、彼はもうすでに食べ終わっている。
「ごちそーさん。お前も食い終わったら皿流しに運んどけよ?」
そう言って、彼はさっさとお皿を流しに突っ込んで、部屋を出ていってしまった。
「紅音先生、おはよう。よく眠れた?」
そんな園長の言葉よりも、私はその向こうに見える光景に固まった。
「……はよ。お前も食うか?」
青色のエプロンを身に付け、フライパンから香ばしいバターの匂いを漂わせる彼。
「誠護、人のことはちゃんと名前で呼びなさいっていつも言ってるでしょ!」
園長は彼の方から私に視線を戻すと、続けた。
「……ごめんなさいね、紅音先生。出来の悪い息子で」
「え、息子さん……?」
「あら、言ってなかったかしら? 息子の、誠護。ほら誠護も、自己紹介して」
消防士の彼──もとい、誠護さんは、火を止めてフライパンの中身をお皿に盛り付けると、それをダイニングテーブルに運ぶ。そのまま、私の方に顔を向けた。
「黒岩誠護。よろしく」
「ああ、えっと……寺坂紅音、です。お世話になります」
ペコっと頭を下げると、彼はそのままテーブルの上をちらりと見る。
「これ、食う?」
そこには、湯気の立つ甘い香りのフレンチトーストに、ブロッコリーとミニトマトが添えられている。
「い、いいんですか?」
「どーぞ。俺のはまた作ればいいし」
「すみません……」
いそいそと椅子を引き、フレンチトーストの前に座る。
向かい隣に座っていた園長は、ニコニコと笑みを浮かべている。
「あ、そうそう。紅音先生、昨日置き手紙しておいたんだけど、今日はお仕事お休みしなさいね?」
「いいんですか?」
「ええ。心身共に苦労したでしょう? 今日は土曜日だから、預かる子も少ないし何とかなるわ」
すみません、と今度は園長に頭を下げる。
いいのよ、と園長は笑いながら、食後のコーヒーを飲み干した。
「ああ、そうだわ!」
カチャリとソーサーにカップを戻した園長は、パンと両手を叩く。
「これから生活するのに、なにかと色々必要でしょう? 誠護、今日は仕事休みなんだから、買い物付き合ってあげなさいよ」
「え!?」
思わず大きな声が出た。
「ほら、こんな息子だけど、力だけはあるから。荷物持ちにでも使って頂戴」
「でも……」
「いいのいいの。こういうことは、2人でした方が気が楽よ」
ちらりと誠護さんを見る。
「……誠護さん、いいんですか?」
「……ああ、いいよ」
彼は二つ目のフレンチトーストを、お皿に盛り終えたところだった。
「じゃ、私は行くわね。誠護、後はよろしく」
ダイニングテーブルにお皿を持ってきた誠護さんの肩をポンと叩きながら、園長は席を立つ。
「紅音先生、誠護に気なんか遣わなくていいからね」
園長は大袈裟に片目をつぶって、そのまま部屋を出ていった。
「……食わねーの?」
私の前に腰かけた誠護さんは、すでに自分のフレンチトーストにナイフを入れていた。
「た、食べます!」
私も慌てて並べられたカトラリーからナイフを手に取る。
甘い香りが鼻の奥をくすぐって、思わず大きく息を吸い込んだ。
一口大に切り分けて、そのまま口に運べば、芳醇なバターの香りが口いっぱいに広がって、すぐに卵がふわりと溶けていく。
「美味しい!」
「だろ?一晩漬け込んだからな」
「え……」
「あ」
誠護さんの方に視線を向けると、彼は間が悪そうに視線を手元に移す。そして、それから黙々とフレンチトーストを食べ続ける。
「あ、あの……」
「……何?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「……色々と」
「あっそ。それより、お前……」
誠護さんは私の手元を見やるとぶっきらぼうに言った。
「しゃべってねーで食えば?」
「あ……」
見れば、彼はもうすでに食べ終わっている。
「ごちそーさん。お前も食い終わったら皿流しに運んどけよ?」
そう言って、彼はさっさとお皿を流しに突っ込んで、部屋を出ていってしまった。