午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
ねぇわ。
「え、みっ」
ぼそりと吐き捨てて、くるりと振り返り、走った。
背後でずっと名前を呼ばれていたのは聞こえたけれど、呼ばれたからって、足を止める必要はもう私にはない。
花を抜き取ったあの日、ああは言ったけれど、別に、私以外に笑いかけたりしたからといって本気で別れたりするつもりなんてなかった。
そもそも、あいつのバイト先は花屋で、客商売。にこやかに、爽やかに、花を売るのがあいつの仕事なのだから、金銭を受け取る以上はきちんとこなさなければならない。そのぐらいは理解しているし、それぐらいで喚いたりしないと思っていたのだけれど、どうやら私は自分で思っていたよりもずっと、あの男を、来栖厳武のことを好いていたようだ。
「…………しんど、」
走って、走って、走って。
たどり着いたのは、知らない公園。バイト中だからないとは思ったけれど、万が一、追いかけてこられた場合を考えて家には帰らなかった。寧ろ家から離れようと反対方向にめちゃくちゃに走ったせいで、現在地が分からない。
でも別に、それで良かった。
今、知り合いにあっても普通にできる気がしないし、あの男に探されて見つかったとしてもまともに話せる自信はない。
誰もいない公園の、誰も座っていないベンチに座って項垂れる。
ずっと、あいつのストーカー行為に呆れつつ、バトミントン、時々、勉強、の割合で生きてきた。もちろん、恋バナとやらを友人や後輩とすることはある。けれど、恋だの愛だのに興味を抱いたことはなかった。
あの日だって、言ってしまえば、気まぐれだった。
小さい頃は祝っていたであろうあの男の誕生日も、いつからか「おめでとう」すら言わなくなった。それでも日付だけは覚えていたから、誕生日プレゼントぐらいにはなるだろうという気持ちで花に触れた。
「…………てでけよ、くそ野郎」
本当に、あのときは、ただ、それだけだったのに。