午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
犬も食わない痴話喧嘩。

 じわじわと、侵食する、遅効性の毒のようだ。

「あれ? 瑞希(みずき)?」
「……げ」
「何ぶつぶつ言ってんだこんなとこで」
「……」
「あ、俺? 俺ここ帰り道」

 タチが悪い。ああもう本当に、タチが、悪い。
 ごちゃ混ぜになって、自分でも何がなんだか分からなくなった感情を八つ当たり気味にぶつぶつと呟いていれば、頭上から降ってきた能天気な声。
 視線をあげれば、そこにいたのは、クラスメイトの、しかも隣の席の、良く言えばにぎやかで、悪く言えばただただうるさい男。ぶつぶつ言ってたの聞かれてしまったなとげんなりしていれば、聞いてもいないのに何故か彼はここは通学路なんだと話し出す。
 そうかそうか、左様か。
 興味などイチミリもないけれど、ぐちゃぐちゃになってた頭や心にはそれぐらいがちょうど良かったのか、「へぇ、そう」と小さく笑みがもれた。いや別に聞いてないんだわ、と。

「……いや、何。帰らないの?」
「やー……瑞希が笑うの珍しいじゃん? だからほらぁ、もう少し話したいというか何というか」

 すると何を思ったのか、その男、円山(まやま)(名字しか知らない)は私の隣へと腰をおろした。
 いや、帰れよ。
 そう思って、帰らないのかと問えば、返ってきたのは的を得ない回答。別に、面白いことがあったり、楽しいと思ったりすれば笑うんだが。何なんだ。澄ましてるとでも言いたいのだろうか。そんな態度を取ったつもりはないのだけれど。

「や、違う、ごめん」
「……」
「俺が、話したくて」
「……」
「……瑞希さ、好きなヤツとかいたり、する?」

 なんて思っていれば、いきなりの恋バナ。
 好きなヤツ、というフレーズに誘われましたと言わんばかりに脳裏に浮かんだあの男の顔を振り払うべく、小さく舌をうった。
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