午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
今日は何なんだ、一体。
何も考えたくなくて、ぼんやりとしていたら、夜の帳は既に降りていた。
汗に強いと評判のデジタルな腕時計には【19:52】の表示。さすがに、もう帰らなければ、親が心配する。
「……まぁ、いないよね」
めちゃくちゃに走ってきた道を何となくで歩いていれば、道は合っていたのか、視線の先に見えた花屋のシャッター。
街灯が照らすそこに、いつもなら、あいつがいた。
けれど、今日はもう下校済みなのも知っているし、悪態もついたし、そもそもあの日から花を差し出されなくなったし、一度でも手中に入った私のことなんてもう興味ないだろうから、あいつが私を待つ理由は何もない。
今頃、あの、ゆるふわの皮をかぶった女とイチャこらしているのだろうか。
むかつくな。
いや待て。考えるの、やめよう。
この二ヶ月間、ずっとあいつが頭の中にいた。多分、一生分ぐらい、いた。だからもう、いい気がする。
そうだ。きっとそうだよ。
うんうん。
よし、帰ろう。今日のご飯は何だろ。お腹すいたな。
そうやって、頭の中を半ば強引に切り替えて、花屋の前を通り過ぎた。
「っ!」
瞬間、真横から腕をがしりと掴まれて、声を出す暇もないまま、ものすごい力で引っ張られる。
「い、」
「みっちゃん」
右隣のクリーニング店との間にある、細い裏道。
いくつかの室外機と、ゴミ収集用の大きな箱が置かれているそこは、表に街灯がある分、夜は真っ暗で、何も見えない。
「……痛い、んだけど、」
変質者かと焦ったのは、ほんの一瞬。
「みっちゃん」
掠れてはいるけれど、眼前で吐き出されたその声のおかげで、私の腕を引っ張って、硬い壁に押し付けた正体は判明したから、私は密かに安堵した。