午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
とはいえ、その安堵は、本気の変質者じゃなくて良かった、という意味での安堵だ。
知った顔だったから、だ。
こいつだから、じゃない。
「…………離してくれない?」
他の誰でもない、自分自身に言い聞かせて、目の前の男に言葉を吐きつける。
しかし、押さえつける力は止まない。それどころか、少しずつ強まっているような気がした。
「っ離せ! 触んな!」
いや、痛い。わりとガチで、痛い。
意味の分からない目の前の男を振り払おうと、叫びながら腕を動かそうと試みるも、ぴくりとも動かなくて、たらりと冷や汗が垂れる。
生まれつき備わる力に、性別の差があるのは知っている。どれだけ鍛えようと、女が男に、純粋な力比べで勝つのは難しい。見た目は、どちらかといえばひょろくて、下手したら私より筋肉の無さそうなこいつも、結局のところ、男、ということなのだろう。
「っ、」
ぎちりと歯噛みしたような音が鼓膜に届いて、暗さに慣れてきたばかりの目を凝らせば、細められ、普段よりもつり上がったそれと視線がかち合う。
シワが刻まれるほどに寄せられた眉根。噛みしめ、剥き出された犬歯。左右対称に生えているそこが、がり、と鳴った。
「……や、めて、」
少しずつ近付いてくる、男の顔。進行形で増していく、私を押さえつける力。
「はな、し、て、」
手負いの獣の方がまだ可愛いとすら思えた。