午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
あー、くっそ。
「みっ」
「ちょっと黙って」
本当、腹立つ。
どうして、この男にだけは、こうも揺さぶられるのだろうか。自分でも、謎だ。
気付かなきゃ良かった。なんて思っても、もう遅い。認めるしかないのだろう。しかしそれはそれで、やはり癪だ。
それに、あの女。
あの、ゆるふわ皮かぶり女にべたべた触られてたことも、頬を赤く染めてあの女と会話していたことだって、何ひとつ解決していない。ストーカー行為はなあなあで済ませられても、裏切り行為はなあなあで済ませてなんかやらない。
「……あんたさ、」
ひとつ、小さく息を吐いてからぼそりと音をこぼせば、ぴくり、鎖骨の辺りに当たっている男の肩が揺れた。
「話してたでしょ、女と」
ふ、と右肩が軽くなって、つまっていた息が少し緩む。
どうやら、顔を見て話す気になったらしい。べしょべしょに濡れた顔面を私の視界へそいつは割り込ませてきた。
「……おん、な……あ、店長……の、こと……?」
てん、ちょう。
店長?
何だ、店長かよ。
「……話してた、でしょ、」
とは、ならないのが世の常だろう。
質問を質問で返すなと言いたいところだが、論点がズレないように我慢した私は偉いと思う。
「え、うん」
「そういうのをさ、私がしたら……あんたが、逆の立場だったら、どう、思う……?」
じとり、ずぶ濡れの丸い瞳を睨め付ける。はっきりと、どういう関係なのかと問わず、どんな反応をするのか見てやる、と、回りくどさしかないそれを吐き出した。
「え、嬉しい」
すると、どうだ。
きょとりとしたあと、目の前の男は口元に笑みを浮かべて、そう宣わりやがった。