午後八時十七分、シャッター横の路地裏で、
今日こそ。
目の前の男がそう吐き捨てたのと同時に、す、と差し出された一輪の赤い薔薇。私が高校に進学し、この男が例の花屋でバイトを始めてからずっと、ストーキング終了の合図として、毎日欠かさず差し出されてきた愛の言葉と赤い色。
「……やっぱり、今日も、ダメ……かな?」
しかし、たったの一度も、私がそれを受け取ったことはない。否、花に関しては高校進学後からだったけれど、ストーキングと「好きだよ」に関しては、物心ついたときにはもう始まっていたと記憶している。
やはりこの男は、末期だ。
よくもまぁ、こんな、女子力皆無の、他女子より筋肉のついている女を好いた惚れたと追いかけ回せるものだなといっそのこと感心してしまう。
己でも知らぬ内に洗脳をしてしまったのだろうか。そんな風に真剣に五分ほど悩んだこともあったけれど、違うあいつのあれは病気だ、と気付いてからは悩むのをやめた。ストーカーに「ストーカーしないで」と直訴するのと同じくらい無駄な行為だと気付いたから。
なんて、言い訳を並べ立てたところで、結果ストーカーを容認しているような形にしてしまっている私も、まぁ、末期だ。
「……っ、ご、ごめんね、みっちゃん、」
はぁ。
ため息を吐けば、びくりと視界の中にある肩と、男にしては大きめな丸い瞳が揺れた。
おおかた、引き留めたからイラつかせてしまった、とでも思っているのだろう。
「……あんた、」
「っ、な、何? みっちゃん」
しかし、私が声を発した次の瞬間には、驚いたような表情を浮かべ、そして、少しだけ嬉しそうなものへと移り変わっていく。
何がそんなに嬉しいのだろうか。理解に苦しむけれど、くるくると変わるそれを見ているのは、存外、悪くはない。
「今日、誕生日でしょ」
え、うん。
きょとりとしたまま、目の前の男が頷いたと同時に、男の手に握られている赤を、するりと抜き取った。