見えない君。歩けない君と恋をする
第1話 出会い
ージョン・ネヴィンー
サクッ。サクッ。
小さな町の山奥で、畑をリズム良く耕す音が聞こえる。
桑を持ち上げては、下ろし。持ち上げては下ろし。
ただ、不思議な事に。人影はするが肌が一切見えない。
夏だと言うのに黒色のタートルネックにデニムのズボン。
よーく見ると、あら、不思議。
顔が無いのだ。無い。と言うよりは透明である。
でも、そんなの、初めて見る人には分からない。
僕の名前はジョン・ネヴィン(16)
『透明人間』だ。
(ふぅ·····やっと、耕せた)
僕が、畑を十分に耕すと近くの木の幹に寄りかからせ
日陰に座り込み、タオルで汗を拭う。
透明なのに。姿は見えないのに。音は聞こえるし、物には触れられるし、汗はかくし、汚れもするし·····
透明人間というのは、実に難解だ。
とは言えども、僕はこれと付き合わなくては行けない。
この後の、生涯ずっと·····。
まぁ、でも。しょうがない。受け入れて生きるしかない。と自分に言い聞かせていると。
「ジョン!ジョーン!」
女性の、自分を呼ぶ声が聞こえる。
この声は母さんだな。僕は、腰をあげて声のする方に走っていった。
◆ ◆ ◆
しばらくすると、白を基調とした大きな我が家へと辿り着く。
自分で言うのも何だが、僕の家は一般的に見れば『裕福』な部類に入る。
だからこそ、3人家族だと言うのにこんな大きな屋敷を持っている。
でも、話によればひいひいおじいちゃんの頃からの屋敷らしくて手放そうにも手放せない。ということらしい。
僕が、門を開けて中に入っていくと扉の前に落ち着いた緑のワンピースを着た女性が立っていた。
女性は、こちらを見ると僕に駆け寄ってくる。
「ジョン!探したわよ。もぅ。」
そう言って、女性。もとい、母さんは笑う。
僕は、ポケットからメモ帳と万年筆を取り出すとメモ帳に文字を書いていく。
·····僕は、何故か喋れない。その為、連絡手段は筆記なのだ。
僕は、メモ帳に文字を書き終えると母さんにメモ帳を渡す。
【ごめんね。母さん。今朝は早くに起きたから、畑に行きたくなって】
母さんは、それを見ると
「あら、そうだったの?だからズボンに泥が着いてたのね」
僕は、ごめんね。と、手を合わせるポーズをとる。
母さんは、いいのよ。と笑い、扉を開いて廊下を一緒に歩いていく。
僕は、母さんの隣に立ってそのまま食堂へと進んでいく。
木の壁と、床は不思議な温かさを感じる。
僕は、メモ帳で母さんとやり取りをしながら足を進めた。
食堂に着くと、先に父さんが席についてコーヒーを啜っていた。
「やぁ、おはよう。ジョン」
【おはよう。父さん】
僕は、両親の間に挟まれるように座る。
こうした方が、メモ帳を渡しやすいからだ。
「ジョン。畑は最近どうなんだ?」
【順調だよ。今日はトマトの実が大きくなってたよ】
「ジョン。スープのオカワリいる?」
【うん。お願いしようかな】
美麗な夫婦の間に、着るものだけが見える透明人間の息子。
傍から見れば、不思議でおかしな風景だけど、これが僕ら家族。
「ジョン。今日も外に出かけるの?」
母さんが、心配そうに尋ねる。
【うん。今日も、畑仕事と勉強と、町に降りて図書館に行くよ】
僕は、安心させるように、ねっ?と、両手を胸の前でグーにして首を傾けた。
それでも、両親の顔は曇ったままだ。
「·····正体を、見せちゃダメよ?なるべく·····人とも関わらないようにね?」
【分かってるよ。大丈夫。安心して】
「·····そうね。気をつけて行ってらっしゃい」
【はい】
僕は、家族以外の人と話したことはない。
あるとしても、ここに3日に1度、家の世話をしてくれるマリア(52)ぐらいだ。
それも、そのはずだ。僕の姿は薄気味悪いし、バレたら大変な事になるから。
「あっ、ジョン!スープが暖められたみたい!今、よそってくるわね!」
そう言って、母さんはパタパタとキッチンに向かっていく。
·····今日は、料理の本でも借りようかな。
そしたら、母さんの手伝いもできる。
僕は、そんな事を思いながらいつも通りの朝食をとった。