喧嘩最強男子の溺愛

無言で廊下を進む郁人。

「郁人。待って! どこへ行くの?」

「ちょっと黙ってて。2人だけで話ができる所に行くから。そこで聞くから」

郁人が怒ってる? 郁人に掴まれている手が熱い。

無言の郁人が向かったのは学校の武道場。

ここは部活でしか使用しないから、この時間は誰もここには居ない。

「帆乃香、入って」

「入ってもいいの?」

「ああ。大丈夫だろ」

郁人は大丈夫と言いながらシューズを脱ぎ、武道場に入る時に一礼した。

私も郁人を真似して一礼をして武道場に足を踏み入れる。

とても静かな空間。気持ちが落ち着くような気がする。武道は何もやったことないけど。

私たちは畳の上に向かい合って座り、郁人は目を閉じて細い息を吐いた。

武道をやっていたという郁人のその作法がとても綺麗で、目が離せなかった。

ゆっくりと目を開けた郁人が、私の目を見て話してくる。

「帆乃香、昨日何があったの?」

「郁人。私から言いたかったの。皆の言ってたことは話が大きくなってて」

「うん、そんなことは分かってるよ。だから帆乃香から聞きたい」

「昨日ね、帰りの電車で眠ってしまって。気付いたらだいぶ遠くの駅まで乗り過ごしてて、慌てて降りたんだけど。その駅でね、偶然蒼汰くんに会ったの」

「アイツ、帆乃香に何もしなかった?」

「うん。何度も謝ってくれた。反省の意味で髪も黒くしたんだって」

「謝ってもらっただけじゃなくて、話もしたの?」

「それは、ごめん。少しだけ話した」

「無事だったなら、いいよ」

「郁人のことを話したんだよ」

「はぁ? あの男と俺の何について話すんだよ」

「あのね、蒼汰くんが郁人に感謝してたよ。私と揉めている時に来てくれて助かったって」

「なんだそれ。意味分かんねぇ」

「うん、でもそうなの。あれ以上酷いことにならなくて良かったって」

「そんな考え方もあるんだな。アイツ、ギリギリ良識があったんだ」

「蒼汰くんはそんなに悪い人じゃないよ」

「帆乃香、そんなこと言っていいのか? アイツに泣かされてたの、誰だよ」

「もう大丈夫だよ。この先蒼汰くんには一生会わないから。ちゃんとさようならって言って別れたから」

「彼氏との別れみたいだな。なんか、ムカツクなそれ」

「ふふっ、郁人の考えって変なの。なにその彼氏とのお別れって」

「だってさ、帆乃香絶対にその時、涙目だっただろ。見てなくても分かる。そんな隙を見せんなよ」

「わ、郁人凄い! 良く分かるね。さよならって行った時、ちょっと泣きそうになった」

「あー! ムカツク! じゃさ、俺と別れる時が来たら大号泣しろよな。立ち上がれないくらいに泣けよ」

「やだよ、泣かないよ。郁人から離れないもん。前に言ったでしょ、私からは離れるって言わないよ」

「それ、絶対だからな。忘れんなよ」

「あはっ、なんか蒼汰くんにやきもち妬いてるみたいに見える」

なんて、そんなことは絶対にないんだけどね。

郁人が私や蒼汰くんにやきもち妬くなんて、あるわけない。

「うるさいよ、バカ帆乃香!」

私にバカって言いながら頬を膨らませて横を向く郁人を見ていると、やきもちを妬いてくれているように見えてしまう。

それが本当だったら嬉しいのにな。

「蒼汰くんがね、郁人のことを男から見てもかっこいい男だって言ってたよ」

「なんだアイツ、良いヤツだったんだな」

郁人が少し照れていた。

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