喧嘩最強男子の溺愛
電車が駅に停車してドアが開いた瞬間に蒼汰くんを思い切り押して蒼汰くんから体を離し、まだ降りる駅じゃないけど急いで電車から降りた。
私は電車に背を向けたまま、蒼汰くんの乗っている電車を見ることはしなかった。
心臓がドキドキしている。一体何が起こったの?
耳元で囁かれた「やっぱり好きだ」が耳から離れない。
どうして? 蒼汰くん。
私の心がほんの少しだけ、揺れた気がした。
次の電車に郁人は乗っているだろうか。
私が毎日乗っている時間の電車。郁人はどの車両に乗っている?
私は電車がホームに入ってくると郁人の姿を探した。
郁人はいつも私が乗っている車両にいて。
ドアが開き、私は郁人の胸に飛び込んだ。
「ちょっ、帆乃香? なんで? なんでこの駅?」
「郁人、郁人! お願い、ぎゅってして」
私はさっきの電車よりも少し空いている車両の中で、人目もはばからず郁人に抱き着いていた。
「帆乃香? 何かあったの? 帆乃香がいつもの駅で電車に乗ってこなかったから心配した」
「私、郁人が好き。郁人だけが好き」
私は郁人の胸に顔を埋めたまま、まるで自分に呪文を掛けているかのように好きと言葉に出していた。
「帆乃香? どうした?」
郁人は心配そうに私に声を掛けてくれる。
「郁人、お願い。私の右耳に好きって言って」
郁人は私の様子がおかしいのはもちろん分かっていただろうけど、私の耳元に顔を近づけて、
「帆乃香、好きだよ」
そう囁いてくれた。
蒼汰くんの声を郁人の声で上書きしてもらって、少し落ち着いて。
冷静になった途端、電車の中で大胆に郁人に抱き着いていることを思い出して。
「うわ! ごめん、郁人。恥ずかしことしちゃった」
そう謝って郁人から離れようと思ったんだけど、郁人がそれを許してくれなかった。
「ん-、無理。朝からこんなに積極的な帆乃香なんて貴重すぎて、離せない」
「じゃ、じゃあ手。手を繋ごう。ね」
「仕方ないなぁ。じゃ、はい」
郁人が体を私から離して、手を差し出してくれた。
私はその手をぎゅっと握って。電車を降りてもその手を離さなかった。