そのサキュバスは夢を見る

彼との変わった『逢瀬』の夜

露店や屋台が建ち並ぶ街の中心。

私は彼に手を引かれて歩く。

「レディ?この店に寄っていいかな?」

面を着けた私を気を遣ってか、ティト様は私の名を呼ばずにそう尋ねる。

私は頷き、ティト様の手の引く方へ歩いて行った。


「わ…ぁ……」

私が食べた事のない、美味しそうな軽食の揃う店。

ずっと、お金が無くて何も食べられない日もあるから、食べ物なんて見ないようにしていたのに…

お金があっても、良くて、昼前に固いパンと味の無いソーセージと水分の抜けたサラダを安く買って、逢瀬前までにそれを食べ切って、それで私の食事はおしまい。

食事は極力切り詰め、残ったお金は隠して貯めておく。
それが当たり前だった。


「俺はこれがいいな。君は何がいい?」

「!?」

あまりにも突然に彼に話を振られ、私は驚いた。

「恋人かい?人間のようだね。だったらこれがおすすめさ!少しおまけするよ!」

店主であろう人間らしい奥さんが、笑って食べ物を手渡してくれる。

「ありがとう!」

ティト様は微笑んで受け取るとお金を渡し、何も言えなくなっている私の手をまた引いて歩き始めた。


「…ティト様…」

私が先ほど言われたことを言い出そうとする前に、彼は今二つ買ったうちの一つを私に差し出す。

「はい、ナンネ。」

私は驚き、食べ物を見たまま固まってしまった。
そして間が空き、

「…そ、そんな…頂けません…!」

私はようやくそう言った。

「さっき君にあげたお金は、これに付き合ってもらうためのお金だよ?それとも、あれじゃ足りない??」

彼は何でもないことのように言い、首を傾げる。

「いいえ…いいえ……だって……」

なんと言ったらいいのか分からなくなる。

彼は夜食を買いに付き合ってほしいと言った。彼に先ほど渡されたお金はその代金。
しかし、私は彼にお金を払っていない。私の方は自分の食べるものを買うつもりなどなかったのだから。

「ナンネは今日は『俺のもの』だと言ったよ?俺がナンネにあげたくて買ったんだ。」

ティト様は優しそうに笑った。

そう…ティト様は私のお客様…

私は演技をすることも忘れ、恐る恐る食べ物を受け取った。
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