そのサキュバスは夢を見る

あなたの優しさに

「…私の夢に出てきたのは、ティト様じゃなかった…あの姿は話に聞いていた、他国にいるという悪魔族で……」

私はティト様のあの夢での、あまりの変わり様が信じられなかった。
しかし、ティト様は少し笑って首を振る。

「俺だよ…ナンネを抱いた、俺のことを忘れさせようとした悪魔は間違いなく…。」

夢魔は相手を魅了する姿に変わることが出来るという。
それに(なぞら)え、演技で雰囲気を相手に合わせて変えていた私が呼ばれたのが『サキュバスのナンネ』なのだから…

「あの夢に出てきた悪魔は俺自身が模した、ナンネが望んだ相手の姿だよ。俺に会うのが辛かったナンネは心の奥で、誰にも会わずに閉じこもりたいと願った。だから俺じゃない、人でも無い、ナンネの知らない相手の姿だったんだ。そしてさっきも。」

…ティト様は私があんなことになったときにまで、私を想っていてくれた。
そして今も私の望んだ通り、彼以外の姿で現れて…

私はティト様を忘れなければいけないと焦っていたけれど、本当はティト様を忘れたくはなかった。
だから完全には忘れることなく、感覚も残ったのかもしれない。
あの感覚は、ティト様が私にくれたものだったから…

「許して下さいティト様…私、貴方になんということを…!先ほども、そしてこの前も私を助けて頂いたのに……」

私を心配してくれていた方を、忘れてしまいたいと思うなんて…

「ナンネ…謝らないで…。そばにまた、いてもいい?好きなんだ、ナンネ…」

ティト様の言葉に自然に頷く私。彼はそっと私の肩を抱いてくれる。
私はティト様の気持ちが嬉しくて涙が溢れ、言葉が出てこなくなってしまった。

「…あんたが悪気があってやったんじゃないのはよく分かったわ。さっきはごめんなさい。…占いで知ってたの。ナンネを導くものが現れる、って。自分の思い込みに縛られていたナンネを導いたのはティト、あんただったのに、ナンネが別れたなんて言って……」

ダリアはそう言って、困ったように笑う。
ティト様は理解したようにダリアの言葉に頷いた。

「ダリアは友達想いだね、ナンネをずっと心配していたんだ…」

「…許して下さい…貴方に私なんかが甘えてはさらに迷惑だと…ただの身売り娘など…」

ティト様は私を優しく抱き締めてくれた。
ティト様の温かさに包まれ、私は気持ちが落ち着いていく。

「そっか…ナンネはお客に優しくしてもらったことがなかったから…。いいんだよ、甘えて?俺はそうしてほしいんだ。」

私を想ってくれるティト様に、私はさらに泣きそうになる。

「ティト様……こんな気持ちになったのは初めてです…貴方にとても親切にしていただいて私……」


そんなことを話していると、ダリアは笑ってため息をつく。

「ま、良かったわよ、ナンネが明るくなって。ティト、あんたのおかげ。ナンネの友達としてお礼を言うわ。…ところでふたりとも、そろそろ店じまいよ。私も夜だし家に戻るわ。隣の部屋を貸すから、そっちでやってちょうだい。ナンネ、あんたは早めに寝なさいね?まだ疲れてるんだから。」

そう笑って軽く手を振るダリアに、

「ありがとう、ダリア…あなたのおかげよ…!大好き…!!」

と、私は心からお礼を言った。
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