今日からはじまる恋の話
「そうよ。無人島。だから無人島に放り投げられても、草とか食べて生き延びられちゃうくらい神経が図太い人がいいってことよ」
「つまり綾子さんは草を食べるんですか?」
「生きるためにはなんだって食べるわよ。でも零士くんは頭で考えてから行動するタイプだから無理でしょ?」
「まあ、ちゃんと下調べをして安全だと証明された草じゃないと食べないですね」
「そうやって用心深くなってると、結局色んなことに手を出せなくなってくるのよ。だから零士くんには野性的っていうか、ちょっと強引な人のほうが合ってると思うよ」
なるほどね、と俺もビールジョッキを持ち上げる。黄色の液体が喉を通過して、まっすぐ胃に落ちていくのを感じた。
「だったら俺には綾子さんがいる」
恋仲になることは決してないけれど、友情よりも深い絆が俺たちの間にはあるから。
「あら、私だってずっと独り身とは限らないのよ? 最近食事に行ってる人もいるしね」
「ああ、この前飲んだ時に言ってましたね」
「正直タイプじゃないけど、良い人なのよ」
「結局それが一番じゃないですか」
「うん。別に恋愛しなくても生きていけるけど、残念ながら恋愛でしか埋められないことってやっぱりあるのよね」
俺は恋愛に前向きではないけれど、言ってることは痛いほどわかる。
気の知れた仲間や心を許している綾子さんと喜びや悲しみは共有できても、人恋しいと思う夜に抱き合うことはできない。