今日からはじまる恋の話


「マスターって女性と付き合ったことあるんですか?」

「あるよ。高校の時に一回だけ。俺らの時代はゲイなんて病気扱いだったから女の子と付き合えば治るんじゃないかって思ってさ。でもダメだったね。その子にも悪いことをしたっていまだに反省してるよ」

「同性のノンケの人とは……?」

「それはないかな。いつも俺の片思いで終わるパターンだね」

今でこそSNSやこういう店で同じ性的指向をもつ人と交流することができるけれど、大人になる前は多様性が弾かれる社会で生活しなければいけない。

そこでしか出会いがないぶん、ノーマルな人を好きになってしまうことは避けられない。

俺の初恋ももちろん一般的な思考をもつ人だった。

片思いだけで終われたらよかったものの、あの頃の俺は頑張ればなんとかなるかもしれないという希望があったんだと思う。

「俺からすればノンケの人と両思いになるなんて奇跡だよ」

マスターの言葉に、俺は視線を落とした。

鈴村はまっすぐに俺のことを好きだと言ってくれた。本当に奇跡みたいなことだ。

鈴村と付き合ったら楽しいだろう。名前のとおり〝陽〟が溢れてる人だから、一緒にいるだけであたたかい気持ちになれる。

……でも鈴村から林檎の匂いはしない。

同じ想いを重ねることができたとしても、いつか別れがやってくる。

俺は気持ちの切り替えが下手くそだから、また次の恋を探せばいいと思うことは難しい。

鈴村との楽しかった思い出だけを抱いて眠ることなんてできない。

だからこそ、鈴村と恋を始めるべきではない。

あいつをこっち側に引っ張るべきでもないんだ。

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