やっぱり幼馴染がいいと彼氏に振られたら、彼のライバルと恋人の振りをする事になりました

「河村くんっ?」
 驚いて声のした方を向けば、神妙な顔の河村君が佇んでいた。
 きっちりとスーツを着込んだ姿は初めて見る。
(いつも職場では上着は着ていなかったから……)
 なんて場違いな感想でこっそり頬を抑えつつ。

 つかつかとこちらに歩み寄る河村君に身体が強張った。
 今更ながら、何故職場の近くから移動しなかったのだろう。行き交う人は自分たちに多少興味を持っていたようだが、少し顔を向けた程度で、誰も足を止めていく人はいなかった、から。

 ただ何人かの男の人は、愛莉さんを見ては、見惚れた顔を向けては名残惜しそうに通り過ぎて……

 漏れそうになる苦笑を飲み込んでみせる。
 誰もがそうなのだ。だから、智樹だって……仕方がなかったのだろう。
 今更ながら、付き合っていたあの頃、智樹の特別だと信じて浮かれていた自分が滑稽で仕方がない。

(いけない、それはもういいわ)
 首を振り、気持ちを切り替える。
 取り敢えず場所を変えなければ……
 
 どう言い繕おうかと愛莉に視線を据えれば、こちらもまた、ぽーっと頬を赤らめていて……
 河村に向ける眼差し。
 先程まで感情が昂っていたせいもあるだろう。けれど目が潤み、頬の紅潮したその様子は、誰がどう見ても、恋する乙女の姿だった。
< 73 / 194 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop